山中に逃亡する反フランコ派ゲリラ。そこから遥か見下ろすところの古郷の集落はフランコ派の手に落ちている。彼の故郷への思いは「生」への強烈な執念と化し、僕は吐きそうなほどの息苦しさのなかでこの本を読んだ。『狼たちの月』が2008年の新刊本でもっとも印象に残っている。この著者による『黄色い雨』とともに人間の生命の凄まじい息づかいに圧倒される一冊。『ゴールデンスランバー』はスピーディかつスリリングなエンターテイメント性と事に当たって常に自らの納得を問い質せとする著者の主張が、ひとつの頂点に達した作品だと思う。著者のユーモアを忘れない姿勢にも共感。展開の見事さは『モダンタイムス』を上回る。『さよなら渓谷』はあってはならない関係の男女が、人間の「業」を心の奥底の暗闇から浮かび上がらせる傑作。枝葉を切り詰めたソリッドな展開ゆえに、テンションも高い。途中、何度か凍りました。逆に何度も涙腺を緩めさせられたのが『テルちゃん』。細やかな人情の機微を見事に描く筆力に脱帽。登場人物たちのなんと生き生きと温かな血が通っていることか。著者の人間を見る確かで優しい眼差しがはっきりと見える快作だ。中国の奥へどんどん分け入ってゆく著者の『仮の水』。小説かドキュメンタリーか渾然一体となった岩のごときハードな表現の続出。この先にはいったいなにがあるのだろう。