『聖家族』は歴史小説、伝奇小説、犯罪小説、都市小説の要素が渾然一体となって異形の東北史を紡ぎ出す物語のパワーに圧倒された。『テンペスト』は琉球王朝末期を舞台にしているが、南国の気風と主人公・真鶴の明るさもあって暗さとは無縁、爽やかな気分で読み終えられるのも嬉しい。二・二六事件が成功した架空の歴史を、性奴隷にされた美少年を通して描く『伯林星列』は、エロスと政治を融合させた三島由紀夫『憂国』を思わせる、と書くと流石に褒めすぎか。『赤い星』は江戸幕府が現代まで続く日本が帝政ロシアの植民地になっている別世界が舞台。ハッカーが巻き込まれる陰謀劇も秀逸だが、作り込まれた物語世界で遊ぶだけでも楽しい。虚構と現実が錯綜する耽美的な『倒立する塔の殺人』は、子供向けレーベルでも遠慮することなく、世界には悪意と毒が満ちていることを正面から描いた“志”も評価したい。新人賞は、徹底した時代考証を手堅くまとめるのではなく、奇想として提示する豊かで柔軟な発想力を評価した。