Chim↑Pomは、2005年に結成されたお騒がせなアーティスト集団だ。震災後間もない2011年4月30日、渋谷駅構内の故岡本太郎の巨大壁画に「原発事故の絵」をつけ足した事件は、彼らの「作品」の中でもよく知られているもののひとつだろう。このゲリラ行為は警察に通報され「これはアートなのか、それともただの悪戯なのか」と賛否両論の議論を巻き起こした。
本書には、彼らのデビューの経緯やこれまで手がけた作品と反響、海外のストリートアートの状況などがわかりやすい文章で綴られている。展覧会へ足を運ばなくても、その活動のユニークさと波及力の強さは十分に伝わってくるはずだ。
6人のメンバーは、とにかく面白いことをやろう、とバンド感覚で集まったそうだが、リーダーの卯城竜太とサブリーダーの林靖高は、高校以来パンクバンドをやっており、パンクの本質を考えすぎたせいか、バンドを名乗りながらも音楽はやらない状況に陥っていたという。まるでセックス・ピストルズのジョニー・ロットンとシド・ヴィシャスみたいだ。
美大を出たのは紅一点のエリイのみ。ギャルでありながら文学少女でアートを理解する彼女が、Chim↑Pomのリードボーカルであることは間違いない。
彼らの作品の中で、私が実際に見て最初にショックを受けたのは《スーパーラット》(2006)だ。都会のネズミたちは駆除業者の間でスーパーラットと呼ばれ、毒のあるエサを食べても耐性ができ、ワナも見抜き、爆発的に増殖を続けているらしいのだが、Chim↑Pomは魚取り網で膨大な数のスーパーラットの捕獲を試みる。場所はスーパーラットのメッカ、渋谷センター街だ。私は、彼らがキャアキャア言いながら捕獲する映像を美術館で見たが、途中から目を背けてしまった。すると目の前にはガラスケースに入ったポケモンの「ピカチュウ」が飾ってあるではないか。捕獲したスーパーラットを着色した剥製だという。映像から目を背けても、リアルな現物がそこにあったのだった。いや、剥製などなくても、渋谷から近いその場所に集っている私たち自身が、もはやスーパーラットのような存在ではないのか……。 彼らはこう書いている。
渋谷のネズミが毒に適応しながら進化している。僕らも彼ら同様に渋谷がホームだったので、そのプレッシャーに対する生き方やたくましさは身近なものに思えました。(中略)ネズミのピカチュウは日本を代表するキャラクターとして世界的に大人気。アニメやマンガは僕らが育ってきた素地のひとつですし、僕らは世界的な存在になることを夢見ていました。《スーパーラット》はあらゆる面で僕らのマニフェストというか、自画像のような作品になりました。
《REAL TIMES》(2011)は、福島第一原発の事故から1カ月後、原発から至近距離にある東京電力敷地内の展望台に、正門から片道20分かけて歩いて登っていく作品。避難指示が出され、メディアも入らなくなった「20キロ圏内」に彼らは踏み込んだのだ。10日ほど後には「警戒区域」に指定され立ち入り禁止になった場所である。彼らの思いとそこで見た光景は、本書の描写を読むだけでも凄まじいが、以下の言葉には心の底から共感してしまう。
とあるメディアの方に『それ、すごい貴重だから流させてください』と言われたのですが、だったらお前が撮りに行けよ、と心の底から思いましたね。
3.11後にますます強度を増したように見える彼らの活動。世の中が悪くなり、あらゆる構造が見えてきた結果、日本にもゲリラアートのようなものを受け入れる素地ができてきたのかもしれない。そんな状況をそのまま写しとり、何がアートかと真剣に考える彼らの素直さこそがアートなのだと思う。
彼らは電撃ネットワークでも、たけし軍団でも、ダムタイプでもない。ギャルを中心にしたお洒落なバンドだ。青木ヶ原の樹海で見つけた若い自殺者の痕跡(ヒモと木)を展示した作品に《ともだち》というタイトルをつけたエリイのセンスは、突き抜けていると思うのだ。