先月(2009年8月)は、娯楽小説の新刊がドカッと出た。しかも嬉しいことに若手に良作が多い。今回は、その中から4作品を紹介しよう。トップバッターは、米澤穂信の最新作『追想五断章』である。
古書店員の菅生芳光は、客の北里可南子から、彼女の亡父・参吾が書いた5つの短篇を探してくれと依頼される。参吾は生前、文筆に熱を入れたような素振りを見せておらず、慣れない創作に手を染めた理由は謎であった。しかし可南子の推察によると、参吾は、かつて自分が巻き込まれたある事件に関して、何らかのメッセージを5短篇に託しているようなのだ……。
一人のアマチュア作家の創作動機を、遺された作品から推理推測し、彼の過去に何があったかを解き明かす――単純化すると、これが本書の要旨である。
この手の作品は、実際に成功させるのが難しい。ストーリーの作者(本書の場合は参吾)が創作物に込めたものを、他人から正確に把握するのは困難を極める(レビュアーがそんなことを書いてはいかんのかも知れんが)。心理的な要素の比重がとても大きいからだ。畢竟、探偵は感覚的・主観的な推理を余儀なくされ、隙のない客観的な論理を打ち立てるのが不可能に近くなってしまうのだ。この弱点を補ってミステリとしての品質を確保するためには、推理の説得力を、論理ではなく感情面で向上させなければならない。
その点、米澤穂信は万全である。正直なところ、『追想五断章』での推理にも、「絶対にそうだとは断じ切れない」という隙はある。しかし作中作と参吾の過去を細かいところで符合させて、北里参吾の性格とその心理の綾を、それはもう見事に浮き彫りにしている。
ここでポイントとなるのが、作中作がいずれもリドル・ストーリーであるということだ。リドル・ストーリーとは、結末を作品内ではっきり示さない形態の小説を指す。「最後がどうなったか」を読者自身の解釈に委ねて、読者にテーマを噛み締めさせることを優先し、作者の主義主張を鮮明にしないのが特徴だ。
本書で参吾は、生前に同人誌等に5つのリドル・ストーリーを発表している。そして自宅に、それらの作品の結末と思われるメモ(1短篇につき1行程度のもの)を遺した。米澤穂信は、亡き参吾の真意という「謎」に、リドル・ストーリーという魅力的な形を持たせたうえで、参吾の1行メモを「ヒント」として用意している。リドル・ストーリーの解釈=小説の解釈という推理がおこなわれるので、たとえば殺人事件のトリック推理時のような厳密性が保たれていなくても、説得力が殺がれることはない。なかなか上手い方式である。
さらに本書で米澤穂信は、新機軸を打ち出している。スポットの当たる人物が故人で、おまけにその死のだいぶ前から既に人生の盛期を過ぎている、というのがそれだ。米澤穂信はこれまで、思春期・青年期――ほとんどの人が、その人生において良くも悪くも一番活発となるであろう時期――を直視する作品を多く書いていた。しかし『追想五断章』は大人の過去を振り返る話であり、懐古的な色彩が強い。こういう味わいの作品は、これまで米澤穂信は書いてこなかったように思う。
とはいえ、全てが新奇というわけではなく、米澤穂信の従来の特色もしっかり打ち出されている。その象徴が、本書の主人公で探偵役を務める、菅生芳光である。彼は父が死んでしまい学資がなく、大学を休学中の若者である。郷里にはめっきり老け込んだ母が残り、息子に帰って来てもらいたがっている。帰郷には抵抗感のある芳光であったが、一方で自分の将来についてヴィジョンを持っていない。
つまり芳光は典型的なモラトリアム青年に他ならない。そんな芳光が、可南子の提示する割のいい報酬に釣られて、これなら学資を稼げると、調査に協力することになるのだ。プロット自体は先述のとおり北里参吾に焦点が当たるが、視点人物は終始この芳光が務めるため、彼のキャラクターが作品の空気に強く影響する。本書はダウナー系の雰囲気に包まれているが、それは『ボトルネック』や『インシテミル』、とりわけ『犬はどこだ』に近似しており、本書が米澤穂信の作品であることは明らかなのだ。
というわけで、『追想五断章』は、今をときめく人気ミステリ作家・米澤穂信の新旧両面を見ることができる、ファン必見の仕上がりが見事な逸品である。評価は☆☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |
米澤穂信作品については書評を多数収めていますので、ぜひお楽しみください。
『小市民シリーズ』レビュワー/酒井貞道 書評を読む
『古典部シリーズ』レビュワー/北條一浩 書評を読む
『インシテミル』レビュワー/酒井貞道 書評を読む
『ボトルネック』レビュワー/相川藍 書評を読む
杉江松恋さんによる「米澤穂信<小市民>シリーズ&今後の展開についてのインタビュー」も、ぜひどうぞ。
「杉江松恋×道尾秀介」インタビューを読む