雪に閉ざされた山荘や、嵐に見舞われた孤島など、外部と行き来できなくなった場所で殺人事件が起きる。これがクローズド・サークルと呼ばれるミステリの一様式で、最大の特徴は、犯人がほぼ間違いなくその場にいることである。舞台と関係者が限定されているので、推理の前提となる各種条件が整理しやすく、犯人や真相を論理で特定する本格ミステリとは相性がいい。
このクローズド・サークルには多数の作例がある。特に有名なものとしては、アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』(ハヤカワ文庫HM)、エラリイ・クイーン『シャム双生児の秘密』(ハヤカワ文庫HM版、『シャム双子の謎』の題で創元推理文庫版もあり)綾辻行人『十角館の殺人』(講談社文庫)、有栖川有栖『月光ゲーム』(創元推理文庫)などが挙げられよう。
さて近年、このクローズド・サークルには、新しい動きが出て来ている。一部の作家が、極端なまでにゲーム化を推し進めているのだ。二〇〇四年にデビューした矢野龍王がその代表であり、第一作『極限推理コロシアム』(講談社ノベルス)で、クローズド・サークルにおける殺人事件を完全なゲームとして描き、本格ミステリのファンに衝撃を与えた。
この作品の登場人物たちは、何者かに拉致され、怪しげな屋敷で目を覚ます。そして、姿を見せない謎の主催者から「今から起きる殺人事件の犯人を当てよ」と命じられるのである。犯人当ては本格ミステリの多くでよく見られるとはいえ、作中人物が実際に「犯人当てをしろ」と指示してしまうのは、あまりに実も蓋もない。この他、主催者から予め一定のルールやヒントが与えられること、正解した場合は賞金が用意されること、屋敷自体がこのゲームのためだけに作られたらしいことも、人工的な感触を強めている。おまけに、主催者がなぜここまで面倒くさいことをしたのかは、最後まで不明のままなのだ。
従来のクローズド・サークルものでは、登場人物は、自主的に事件現場にやって来ることがほとんどであった(パーティーやキャンプに招かれたり、大雪や山火事などの災禍を避けようとして逃げ込んで来たり……)。さらに登場人物の大半は、事件前から知り合いである。このため、犯行が計画的か突発的かを問わず、その動機は「事件前」の人生に――少なくとも遠因程度には――求めることができた。このため、謎を解いた後には通常の人間ドラマが立ち現れていたのである。
しかし『極限推理コロシアム』にそんなものは一切ない。最初から最後まで、本書は単なる推理ゲームであることを貫いているのだ。
こういう作風の発生源はどこだろう? 筆者はそれを一九九九年の問題作、高見広春の『バトル・ロワイアル』(幻冬舎文庫)に求めたい。この作品の内容は、いきなり国家に命じられて、中学生が同級生同士で殺し合うというものであった。『バトル・ロワイアル』が衝撃的だった所以は、人の命がゲーム感覚で簡単に失われていく様を、いかにもエンターテインメントらしく軽々と描いていたことにある。当時これは倫理的に問題ありと議論になったが、結果的には、様々なジャンルにおいて同種の質感を持つ作品が多数出版されることになった。その中で『極限推理コロシアム』は、バトルロイヤルものの「ゲーム感覚の死」を本格ミステリに導入したものだと考えてみたい。
というわけで『極限推理コロシアム』という作品は極めて興味深いのだが、問題が一つある。矢野龍王という作家が、あまり上手くないのである。本レビューの趣旨に合わないので簡単に済ませるが、矢野龍王は小説技術(文章力を含む)が拙劣であるうえ、致命的なことに、作中でおこなわれる推理が非常に雑なのだ。一般的にはおすすめできない。
そこに颯爽と現れたのが、米澤穂信の『インシテミル』である。
充実したキャンパス・ライフのためにクルマが欲しい大学生・結城理久彦は、バイト情報誌で「時給:1120百円」と記載されている謎の募集を見つけた。誤植でないとすれば時給は実に十一万二千円である。理久彦はダメ元でこのバイトに応募することにした。しかしこの時給は本当だった。そしてその代償として、理久彦含めて十二名いたアルバイトたちは詳細を知らされないまま、「実験」の名目で、謎の地下施設《暗鬼館》に七日間閉じ込められることになった。
そして暗鬼館へ入館後、「実験」の真の内容が明かされる。アルバイトたちには各自別の凶器(毒物等を含む)が渡され、他の参加者を殺すこと、犯人を推理することを奨励されたのである。とはいえこれはタダではない。人を殺害したり、探偵役を務めたりすると、アルバイト料にボーナスが加算される。しかし犯人として捕まったり、推理が間違っていたりすると、逆に減額されてしまうという。
参加者にはこれ以外にも様々なルールが課せられた。その中でも一番シビアなものが、夜間の移動制限である。夜間に自分の寝室以外の場所で巡回ロボットに四回発見されると、その場でロボットに殺害されてしまうのだ。
このような現実とは思えない状況に放り込まれ、参加者は不安な第一夜を過ごす。そして翌朝、一人の男が食事の席に姿を現さなかった……。