書評の楽しみを考える Book Japan

 
 
 
トップページ > B.J.インタビュー > vol.6 小市民、とはいいつつ強烈な自意識をもった高校生のカップル。この先、いったいどうなるのだろう。【米澤穂信】

小市民、とはいいつつ強烈な自意識をもった高校生のカップル。
この先、いったいどうなるのだろう。古典部員たちの恋の行方も気になるぞ。
【米澤穂信】

「著作も十を超えたところで、そろそろギアを変えようと…。ただし、ミステリーにはこだわります。同時にミステリーに興味のない若い人たちにも楽しんでもらえるように…。」米澤穂信×杉江松恋

―― (以下、杉江松恋)いやあ、『秋期限定栗きんとん事件』、非常に「腹黒い」小説でとてもおもしろかったです!

米澤 ありがとうございます。……そんなに腹黒かったですか?

―― ええ。現時点における腹黒小説の代表格は、一般には湊かなえさんの『告白』(双葉社)だと思うんです。でも、湊さんの小説というのは、私にとってはカタルシスのある、爽快な小説なんですよ。謎解きのピースがぱちっとはめ込まれる時の感じがね、とても気持ちいい。ところが、米澤さんの『秋期限定』は、「こういう話なのかな」と思って読んでいくと、最後にとんでもないことをされる。あの落ちは、ミステリーマニアにとっては嵌め手だと思うんです。あんなことされたらたまらないですよ!

米澤 す、すいません(笑)。倒叙ミステリー風に作っていこうというのが最初にあったんです。

―― 真犯人の正体が、本当にどうでもよく感じる小説ですよね。

米澤 そうそう。もし三人称で書いていたら、初登場の場面で「ちなみにこの人が真犯人です」って書いていたかもしれないです。そのほうが最終章の、犯人と探偵の対決みたいなシーンで喜んでもらえた可能性がありますね(笑)。

―― ネタばらしをしたくないので抽象的な言い方をすると、探偵が上りつめた後ではしごを外されてどうしようもなくなるような場面が出てくる。そこが意地悪です。アントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』(創元推理文庫)の、謎解きに複数解が与えられて探偵の面目丸つぶれ、みたいな小説より、よっぽど『秋期限定』の方がひどいですよ!

米澤 ありがとうございます。私の本を買っていただいている方はミステリー専門の読者ばかりというわけではないので、やはり「事件が起きて、探偵が犯人捜しをする」という定式に沿って読まれると思うんです。でも、ミステリーが好きでもともと読んでいる、という方も中にはいるので、そういう読者には別の楽しみを味わっていただこうと思っていました。これは自分で言うのは恥ずかしいんですが、今名前の出たバークリーの某初期作品のような……。

―― あ、なるほど『○○○○○○』(ヒント:日本語のタイトルは六文字です)ですか。ブックジャパンのサイトをご覧の方はミステリーマニアばかりじゃないと思うんで補足説明しておきますが、アントニイ・バークリーが創造したロジャー・シェリンガムは、自分からいらんことをあれこれして、どんどん事件を複雑にしていくという、とても特殊な名探偵です。その「シェリンガム不確定要素」をほうりこんだ小説ということですね。おもしろいな。以前に「野性時代」で恩田陸さんと対談しておられたときは、『秋期限定』はエラリー・クイーン『九尾の猫』(ハヤカワ・ミステリ文庫)のような作品になるというお話でしたね。

米澤 ああ、それは煙幕です(笑)。

―― 連続して事件が起きて、その間のつながりを捜す、という外見上の構造は同じなんですけどね。

<小市民>シリーズは自意識の問題を扱った小説

―― このシリーズは、非常に強い自我を持っているのに、「小市民」という偽装の殻をかぶって生きていこうとする高校生を主人公にしています。前作である『夏期限定トロピカルパフェ事件』は、そういう特殊な自意識の持ち主がちょっとしたしっぺ返しを受ける話でした。主人公の存在意義が否定されるような展開だったもので、続篇はどういうことになるんだろう、と思いながら読み始めたんです。そういう先入観を持った読者にとっては、『秋期限定』の展開は変化球と感じられるかもしれません。

米澤 そうでしょうか。

―― 自意識の問題を扱うのを棚上げしたのかな、と最初は思いましたね。主人公である小鳩君と小佐内さんがコンビを解消したまま話が進んでいくので、よりそういう印象が際立つのですが。二人が顔を突き合せないと、前作の問題について話し合う場面もないわけですから。

米澤 主人公二人だけの閉じた関係で話を完結させてしまうことはできますし、その方がシリーズを続けるのは楽なんです。でも、自意識をテーマとして採り上げた以上、それでは絶対に掘り下げることができない。自分たちは特殊な自我の持ち主だと思っている彼らが外部の人間と関わることで、初めて軋轢が生まれるわけですから。となると、そもそもその「軋轢」って具体的にはどういうことだろうか、というところを書かないといけない。もちろん、エンタテイメントとして。

―― なるほど、それで小鳩君と小佐内さん以外の人間が出てきて、二人と関わる話の流れになるわけですね。しかし、その新しい登場人物の出し方が普通じゃない。定石なら、二人にそれぞれ恋のライバルが出現して人間関係がややこしくなる、という展開になるところです。なのに、違うんですよね。なんというか新人の扱いがひどい(笑)。

米澤 ははは。

秋期限定栗きんとん事件 上
米澤穂信
東京創元社創元推理文庫ミステリー] 国内
2009.02  版型:A6
価格:609円(税込)
あの日の放課後、手紙で呼び出されて以降、ぼくの幸せな高校生活は始まった。学校中を二人で巡った文化祭。夜風がちょっと寒かったクリスマス。お正月には揃って初詣。ぼくに「小さな誤解でやきもち焼いて口げんか」みたいな日が来るとは、実際、まるで思っていなかったのだ。――それなのに、小鳩君は機会があれば彼女そっちのけで謎解きを繰り広げてしまい……シリーズ第3弾。
>>書評を読む
>>詳細を見る
秋期限定栗きんとん事件 下
米澤穂信
東京創元社創元推理文庫ミステリー] 国内
2009.03  版型:文庫
価格:609円(税込)
ぼくは思わず苦笑する。去年の夏休みに別れたというのに、何だかまた、小佐内さんと向き合っているような気がする。ぼくと小佐内さんの間にあるのが、極上の甘いものをのせた皿か、連続放火事件かという違いはあるけれど……ほんの少しずつ、しかし確実にエスカレートしてゆく連続放火事件に対し、ついに小鳩君は本格的に推理を巡らし始める。小鳩君と小佐内さんの再会はいつ?
>>詳細を見る

インタビューで紹介されている米澤穂信の著作一覧

春期限定いちごタルト事件
米澤穂信
東京創元社創元推理文庫ミステリー] 国内
2004.12  版型:文庫
価格:609円(税込)
>>詳細を見る
夏期限定トロピカルパフェ事件
米澤穂信
東京創元社創元推理文庫ミステリー] 国内
2006.04  版型:文庫
価格:600円(税込)
>>詳細を見る

boopleで検索する

お探しの書籍が見つからない場合は、boopleの検索もご利用ください。Book Japan経由でのご購入の場合、Book Japanポイントをプラスしたboopleポイントを付与させていただきます。

booplesearch


注目の新刊

Sex
石田衣良
>>詳細を見る
失恋延長戦
山本幸久
>>詳細を見る
自白─刑事・土門功太朗
乃南アサ
>>詳細を見る
ガモウ戦記
西木正明
>>詳細を見る
怨み返し
弐藤水流
>>詳細を見る
闇の中に光を見いだす─貧困・自殺の現場から
清水康之湯浅誠
>>詳細を見る
すっぴん魂大全紅饅頭
室井滋
>>詳細を見る
すっぴん魂大全白饅頭
室井滋
>>詳細を見る
TRUCK & TROLL
森博嗣
>>詳細を見る
猫の目散歩
浅生ハルミン
>>詳細を見る
さすらう者たち
イーユン・リー
>>詳細を見る
猿の詩集 上
丸山健二
>>詳細を見る
ポルト・リガトの館
横尾忠則
>>詳細を見る
ボブ・ディランのルーツ・ミュージック
鈴木カツ
>>詳細を見る
カイエ・ソバージュ
中沢新一
>>詳細を見る
銀河に口笛
朱川湊人
>>詳細を見る
コトリトマラズ
栗田有起
>>詳細を見る
麗しき花実
乙川優三郎
>>詳細を見る
血戦
楡周平
>>詳細を見る
たかが服、されど服─ヨウジヤマモト論
鷲田清一
>>詳細を見る
冥談
京極夏彦
>>詳細を見る
落語を聴くなら古今亭志ん朝を聴こう
浜美雪
>>詳細を見る
落語を聴くなら春風亭昇太を聴こう
松田健次
>>詳細を見る
南の子供が夜いくところ
恒川光太郎
>>詳細を見る
星が吸う水
村田沙耶香
>>詳細を見る
コロヨシ!!
三崎亜記
>>詳細を見る
虚国
香納諒一
>>詳細を見る
螺旋
サンティアーゴ・パハーレス
>>詳細を見る
酒中日記
坪内祐三
>>詳細を見る
天国は水割りの味がする─東京スナック魅酒乱
都築響一
>>詳細を見る
水車館の殺人
綾辻行人
>>詳細を見る
美空ひばり 歌は海を越えて
平岡正明
>>詳細を見る
穴のあいたバケツ
甘糟りり子
>>詳細を見る
ケルベロス鋼鉄の猟犬
押井守
>>詳細を見る
白い花と鳥たちの祈り
河原千恵子
>>詳細を見る
エドナ・ウェブスターへの贈り物
リチャード・ブローティガン
>>詳細を見る
人は愛するに足り、真心は信ずるに足る
中村哲澤地久枝
>>詳細を見る
この世は二人組ではできあがらない
山崎ナオコーラ
>>詳細を見る
ナニカアル
桐野夏生
>>詳細を見る
逆に14歳
前田司郎
>>詳細を見る
地上で最も巨大な死骸
飯塚朝美
>>詳細を見る
考えない人
宮沢章夫
>>詳細を見る
シンメトリーの地図帳
マーカス・デュ・ソートイ
>>詳細を見る
身体の文学史
養老孟司
>>詳細を見る
岸辺の旅
湯本香樹実
>>詳細を見る
蝦蟇倉市事件 2
秋月涼介、著 米澤穂信など
>>詳細を見る
うさぎ幻化行
北森鴻
>>詳細を見る

Internet Explorerをご利用の場合はバージョン6以上でご覧ください。
お知らせイベントBook Japanについてプライバシーポリシーお問い合わせ
copyright © bookjapan.jp All Rights Reserved.