本書は『鬼の跫音』(角川書店)に続く道尾秀介の第二短篇集であり、同時に『背の眼』(幻冬舍文庫/上下巻)、『骸の爪』(幻冬舍)に続く真備(まきび)シリーズの三つ目の単行本となる。
真備は下の名前を庄介という。彼は死んだ妻に会いたくて霊現象探求所を構えたが、真の超常現象にはなかなか会えず、不思議な事件に合理的な説明をしてばかりいる。シリーズのレギュラー・キャラクターには、真備の他に、真備の助手を務める北見凛と、真備の友人で彼の活躍を本にまとめているホラー作家の「道尾」がいる。
道尾秀介は、一作ごとに新たな展望を見せる作家だが、基本的に冒険や実験はノンシリーズ作品でおこなわれ、唯一のシリーズものとなる真備シリーズでは、名探偵を擁する古典的造形の本格ミステリを安定的に提供してきた。
マニアの間では、道尾秀介はノンシリーズ作品の方が評判になりがちだ。むろんそれらも素晴らしいが、本格ミステリの本道を堂々と歩む真備シリーズの長篇もまた、捨てがたい魅力を持っている。というよりも、「王道」を見事に書く力がなければ、ノンシリーズ作品で新境地を開拓していくことなどできるはずがない。既存の真備シリーズ2冊は、道尾秀介の本格ミステリ作家としての基礎体力を測る、重要な試金石となっていたのである。
では『花と流れ星』の各篇はどうか。
「流れ星のつくり方」は、謎めいた少年が、凛に問題を出すという物語である。彼が言うには、少年の「友達」の両親が密室状態となった自宅で殺され、その犯人は家から消えてしまった。凛は自力で、「友達」が帰宅した時点で犯人はまだ現場にいたことまでは推理する。しかしなぜその友達が犯人の存在に気付かなかったのかがわからない。そこで真備に相談すると……という話。トリック面ではさほど目新しくないが、結構がとにかく綺麗な作品で、終盤の哀切な情感も素晴らしい。流麗に磨き抜かれた佳品として、高く評価したい。ちなみに本篇は推理作家協会賞・短編部門の候補作となった。それも納得の出来栄えだ。
「モルグ街の奇術」では、酒場で真備と道尾に会ったマジシャンが、自分が右手を失った際の真相を看破しろと挑戦して来る。真備は見事な推理を披露するが、この短篇はその印象すら薄れるような、何とも言えない不気味な幕切れを見せる(ネタばらしになるのでこれ以上書けない)。作家・道尾秀介がホラーにも興味があることは有名だが、「モルグ街の奇術」は、本格ミステリの実作の上でもそのことを再意識させる。
「オディ&デコ」は、小学生から、捨て猫の幽霊を見たという相談を受ける話だ。肝心の真備が風邪でダウンしており、実際の調査には凛と道尾が当たる。推理面でも、真備はもの凄い鼻声で言葉が不明瞭になっており、凛と道尾で真備の推理を再解釈せざるを得ないのが可笑しい。人間の持つ暗黒面に視線を投げかけつつ、最後を温かく締めるのは、道尾秀介が最近追求しているテーマ「救い」の顕現だろう。
「箱の中の隼」は、本短篇集の中で一番古典的なフォルムを持つ。何せ、閉鎖的な怪しい新興宗教の施設内で起きる事件を扱っているのである。おまけに宗教法人が真備に調査を依頼して来るのだ。……道尾が身代わりで派遣されるんですけどね。何気ない描写の数々が、真相判明の途端、意味が反転していく。ここは本格ミステリとして圧巻。ただしその分、道尾秀介を特徴づける小説的潤いは弱い。これは作品の性格上当然なので、読者としては、作風のヴァリエーションの多さを愛でておくべきだろう。
「花と氷」は、孫を誤って死なせてしまった老人が、最近急に明るくなって、近所の子供たちと遊び始めた……という物語。この作家にしては少々展開が安易なようにも思われるが、終盤の慰安はやはり印象的である。
いずれの作品にも共通するのは、事件の構成が見事に整えられていることと、ミステリ要素にペーソスや癒し、救いが盛り込まれていることである。『背の眼』や『骸の爪』と比べると本格ミステリとしての強度は後退し、シンプルな構造を明確にしている。複雑な構造を有すのは「箱の中の隼」ぐらいだろう。『花と流れ星』は、作風の安定的維持が求められるシリーズ作品、しかもその短篇集であるということが大きいと思われる。
本書を読む限り、道尾秀介の基礎体力は衰え知らずで、それどころか益々盛んである。21世紀初頭を代表する本格ミステリ作家の実力に、酔い知れてほしい。評価は☆☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |
道尾秀介作品については書評を多数収めていますので、ぜひお楽しみください。
『ラットマン』レビュワー/杉江松恋 書評を読む
『カラスの親指』レビュワー/塚本ヒロユキ 書評を読む
『鬼の跫音』レビュワー/杉江松恋 書評を読む
『龍神の雨』レビュワー/塚本ヒロユキ 書評を読む
杉江松恋さんによる「道尾秀介『鬼の跫音』発売直後インタビュー」も、ぜひどうぞ。
「杉江松恋×道尾秀介」インタビューを読む