向田邦子の描く昭和の世界は、もはやセピア色に支配された懐かしい時代であるはず。しかし、向田作品を読むと、そのセピア色が色鮮やかな映像に変化し眼前に浮かび上がってきます。そして小説とともに見逃せないのがエッセイ集。昭和という時代の風景や、人と人との関係、また当時の女性の関心事などが見事なまでに向田邦子流に活写されていて、まるで汲めども尽きぬ話題の泉に連れてこられたかのような、実に楽しい読書のときを過ごすことができるからです。
『父の詫び状』は、子供時代の思い出、家族の肖像について書かれたエッセイとして、まさに名作中の名作。『眠る盃』『女の人差し指』は、放送作家・小説家として活躍していた当時のリアルタイムな関心事である、食べもののことや旅行の様子、そしてもちろん仕事に関することなどをテーマにしたエッセイです。
いずれにしても、昭和という時代そのものであるかのような、当時の匂いに満ちた作品群であり、ただ単に懐かしいだけではない、ユニークかつ優れた作品を読む悦びをもたらしてくれるエッセイ集であることは間違いありません。