家族という最小単位を含めた人間関係が希薄となったいま、向田邦子の描く昭和の世界はノスタルジーのなかにある。しかし、人のぬくもりを求め、生きることの切なさに耐え、心に秘めた闇をひた隠すといった、人間の本性を、日常のできごとから浮かび上がらせる向田邦子の独自の表現は、時代が変わっても読者に強烈な印象を残す。人間の本性からくる、登場人物たちの行動や心の動きは、時代背景を飛び越えて、読む者の心に突き刺さってくるからだ。また、その表現の根底には、都会に住む女性ならでは細やかでいて鋭敏な観察眼があり、とくに女性の読者からの共感を呼び起こす。昭和の東京人、それが向田邦子という作家であり、平成は昭和と地続きだ。
レビュワー・三浦天紗子さんによる、女性にゼッタイおすすめの本のシリーズは、そんなわけで向田邦子作品から始めさせていただきます。数多くの名作のなかから、まずは小説編として3冊…『隣りの女』『きんぎょの夢』『思い出トランプ』。エッセイ編などはまた次の機会に書評・紹介させていただく予定です。
向田邦子、1929年(昭和4年)東京生まれ。テレビ、ラジオの脚本家として活動した後、小説も発表。短編集『思い出トランプ』に収められた作品により、1980年(昭和55年)、第83回直木賞を受賞。翌年、航空機事故により急逝。享年52歳。
俳優・森繁久彌による、向田邦子さんのお墓に刻まれた句―
「花ひらき はな香る 花こぼれ なほ薫る」
新潮社より、川本三郎『向田邦子と昭和の東京』(新潮選書)が、この4月に刊行されたばかりだ。時代背景や向田さんのご家族の様子が丹念に記され、向田作品からの引用も盛りだくさん。興味をお持ちの方はぜひこちらもお読みください。