最後は日本人の作品で滝田務雄『田舎の刑事の闘病記』をお薦めする(三冊全部東京創元社の本であることに今気付いたが偶然です)。滝田は「田舎の刑事の趣味とお仕事」で第三回ミステリーズ!新人賞を受賞し、同作を表題作にした短篇集を最初の著書として上梓した。本書はその続篇に当たる作品である。
とある地方署の刑事課に奉職する、黒川鈴木という警官が主人公である。おかしな名前だが本名だ。彼は優れた観察眼を持つ刑事なのだが、真面目で堅物、やや神経質気味という弱点を持っている。悩みの種は、部下の白石だ。この男は黒川とは正反対の性格で、猛暑の日に署で行水をするような無軌道ぶりなのですね。その行動に激怒した黒川が白石を追って署外へ飛び出し、川で泳いでいた部下を捕まえようとしたところで事件に巻き込まれる、というのが巻頭の「田舎の刑事の夏休みの絵日記」である。別件で川に張り込んでいた刑事たちに、黒川は逮捕されてしまうのだ。手錠をかけられた哀れな姿で署に戻った彼を、さらなる衝撃的な出来事が待ち受けていた。
こんな具合で毎回黒川はひどい目に合わされる。表題作は入院先の病院で黒川が怪事件に遭遇する話なのだが、そんなことになった理由も白石なのである。白石があまりにも無能なのに腹を立てるあまり、黒川は胃炎になってしまったのだ。犬猿の仲の黒川と白石、それを冷ややかに見守る黒川の部下の赤木(この人だけは比較的まともだ)、署の掲示板を私物化し、孫娘の絵日記を貼り出すのに使っている署長、といった人物配置も定着し、くりかえしのギャグでも笑わせてくれる。中でも奇怪なのが黒川の妻で、夫を愛しているのだかいないのだかよく判らない行動をとって、白石とは別の方向から黒川を悩ませるのである。「田舎の刑事の台湾旅行記」では、彼女が懸賞で当てたため、黒川が死ぬほど嫌いな海外旅行に連れ出される(彼は外国語コンプレックスなのだ)。
単にどたばたで笑わせてくれるだけの連作ではなく、数々の珍騒動がミステリーの謎を構築するための必要不可欠なピースになっている点が本書の素晴らしいところだ。
たとえば「田舎の刑事の動物記」は密室状況で猿が殺された事件を扱った話なのだが、物語中盤で起きる突発的な出来事や、関係者のキャラクターなどが有機的に組み合わされることによって、謎が堅固に組み立てられている。毎回違った趣向の謎解きが呈示されるなど、作者の狙いも意欲的だ。「夏休みの絵日記」では詰め将棋のような手順の入り組んだ謎解き、「田舎の刑事の昆虫記」では盲点をついた真相暴露と、それぞれに風合いが異なるのである。笑った後にしっかりした謎解きが楽しめる、お得な一冊です。☆☆☆☆の価値は充分にある。
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