元祖にして至高。
そんな言葉を贈りたくなった。ヘレン・マクロイ『殺す者と殺される者』は、創元推理文庫が創刊五十周年を記念して行った、読者による復刊希望リクエスト・アンケートで三位に選ばれた作品だ。第一位は同じ作者の『幽霊の2/3』である。原書房「2010本格ミステリベスト10」で海外部門の第九位に選出されていたので、書名をご記憶の方も多いはずだ(ちなみに解説は私が書きました)。二冊とも改訳の上で再刊されることになった。幻の名作として馬鹿高い値段で古書取引されていた本だけに、たいへんめでたいことである。
『幽霊の2/3』は、出版界の内所を描いたビブリオ・ミステリーという側面があるだけに、現代に復刊されるべき意義のある作品だった。同じことが『殺す者と殺される者』にも言える。ヘレン・マクロイは一九五〇年代の時点で、当時の先端分野であった精神医学に関心を持ち、その要素を採り入れた作品を書いていた。有名なものが一九五〇年に発表した『暗い鏡の中に』(ハヤカワ・ミステリ文庫)だ。本書も同趣向を用いている。専門用語はそれほど出てこないが、洗練された務台夏子訳で読むとやはり理解しやすい。
大学教員として働いていたヘンリー・ディーンは、思いがけない遺産の贈与を受け、職を辞して亡母の故郷であるクリアウォーターへ移り住んだ。その町には、想いを寄せているシーリアも住んでいるのだ。邸を購入し、新生活を始めたディーンだったが、残念なことにシーリアはすでに人妻になっていた。ほんの十ヶ月前にヘンリーが愛の告白をしかけたときには、それらしい兆しなどまったく無かったというのに。
自分の独り相撲で、元々脈などなかったということか。失意に沈むヘンリーだったが、気を取り直して彼女の幸福を見守ろうと決意する。だが、クリアウォーターには不穏な空気が漂っていた。彼によく似た男が町を徘徊し、ヘンリーに危害を及ぼそうとしているようなのだ。ヘンリーはアラバン判事から拳銃を手渡され、自衛するように勧められる。
勘のいい方なら、物語の中途まで読んだ時点で「これはあの趣向だな」と気付かれるのではないかと思う。「この本の後に何作も同趣向の傑作が書かれているから、今読むと陳腐に感じるのではないかしら」とも。だが、その心配は無用だ。どんなすれっからしの読者であっても、驚かされるであろうことは保証します。ページ数の三分の二が過ぎたあたりから、怒濤の真相暴露が開始される。単に意外なだけではない。知れば知るほど、哀しみが募っていくのである。登場人物の心情に思いを馳せるとき、その絶対的な孤独感に身が震えそうになる。こんな感情を催させる作品は、他にあまり類例がないはずだ。元祖にして至高と書いたのはそういう理由である。☆☆☆☆☆を進呈します。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |