最後は詠坂雄二『電氣人間の虞(おそれ)』である。これがデビュー三作目になる作家で、世間の知名度はまだそれほど高くないはずだ。今年の年末あたりからぼちぼち騒がれるようになると思うので、先物買いのつもりで読んでいただきたい。
一言で表せば変な話である。ある地域限定で語り継がれている奇妙な都市伝説があるのだ。電気人間というものがいるという。電気人間は、誰かがその存在について語ると現れる。旧日本軍の極秘研究施設で生み出されたとも言われており、現れるとその名を口にした人間を電気で綺麗に殺すのである。……なんだそれ。語らないと現れないし、語ったら最後殺されてしまうのなら、誰も口に出さなくなるじゃないか。そう、だからマイナーな都市伝説なのだ。遠海市立名坂小学校周辺だけで語り継がれる、ごくごく限られた都市伝説なのである(諸星大二郎のホラー短篇「壁男」を私は思い出しました)。
この電気人間について調べていた大学生・赤鳥美晴が死んでしまう。ホテルでシャワーを浴びているときに、突然死を遂げたのだ。美晴を慕っていた日積亨が、彼女の調査の痕跡を追って名坂小学校へとやってくるあたりから、事態は大きく動き始める。電気人間のおぼろげな輪郭の影が物語を支配し、読者は心を掴まれるのである。
モノローグの連なりで構成された小説である。電気人間を追う人間の呟きがページを埋めていく。中には雑念としか思えないものもあるのだが(「そうだよ。僕があの人を殺すとしたら、絶対その前に犯す。でも美晴姉さんは犯されてないんだ。僕みたいなのじゃない誰かが美晴姉さんを殺したんだ」うわあ、なんじゃそりゃ)、そうしたノイズも連なっていくうちに歪んでいるなりのリズムを生み出すようになり、読者は思わず納得させられてしまう。雑然とした印象を受けるが、そうした雰囲気を含めての作品である。ミステリーに詳しい人ほど、読みながらあちこちで引っ掛かりを覚えるはずなのだが、一応それは回収されるのでご安心を。しかし、回収のされ方は予想外のものなので、ぎくりとさせられるはずだ。
物語の結末はアンフェアぎりぎりで、完全に読者を選ぶタイプの作品だ。しかしルールを受け入れてみると、なるほど投げ出すような形で最初から手がかりは与えられており、その豪胆さに感心させられる。そういうことがやりたかったのか、なるほどね。綾辻行人が某作品で試みた実験が、形を変えて繰り返されているという印象である。試しにびっくりさせられてもいいという人はどうぞ。万人向けの作品ではないので☆☆☆だ。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |