二〇〇八年から二〇〇九年にかけて目覚しい成果を残した作家の一人が、話題作『退出ゲーム』(角川書店)の作者・初野晴だ。同書は、高校の弱小吹奏楽部に属する主人公たちが、部の存続を賭けて校内で出遭ったさまざまな問題に立ち向かうという青春小説のストーリーに、センス溢れる謎解きの趣向を埋めこんだ、素晴らしい連作短篇集だった。特に表題作で味わわせてもらった知的スリルは忘れられない。惜しくも日本推理作家協会賞は逃したが(長岡弘樹『傍聞き』が受賞)、受賞作に匹敵する高いレベルの短篇であった。
その続篇が出たというのだから、期待しないほうが無理というものである。『初恋ソムリエ』は、前作と同じく県立清水東高校吹奏楽部に所属する穂村千夏と上条春太のコンビが活躍する連作集だ。全四篇の最初「スプリングラフィ」で日本アマチュア吹奏楽界の最高峰である全日本吹奏楽コンクール全国大会への予選大会出場という目的が掲げられ、全般に引き締まった空気が流れるのがまず良い。前作でなんやかんやあって吹奏楽部に加わった仲間たちが説明なく出てくるが、その辺は気にしなくても大丈夫(気になった人は読んでみること)。『退出ゲーム』に比べて強化された点は、吹奏楽部の人集めというテーマが前面に押し出されたことである。コンクールに出るためには人材を集めなければならない。そのための使命が千夏と春太を動かすわけだ。何かに似ていると思ったら、尾田栄一郎『ONE PIECE』(集英社)じゃん。困難を乗り越えた果てに「お前は俺の仲間だ!」と丸く収めるというね。つまり、仲間集めの冒険譚の要素がはっきりしてきたということだ。それはそれで、物語作りの姿勢としては正しい。
ミステリーの要素は、前作と比較してしまうとどうしても分が悪い。特に表題作同士の勝負では、どうしても『退出ゲーム』のほうに軍配を上げざるをえないだろう。そこははっきりと書いておく。だが、それでも本書は読むべき価値のある一冊だ。二番目に収録された「周波数は77.4MHz」を読んで、そう確信した。これは、活動資金難に喘ぐ吹奏楽部が、地学研究会が放棄した部費をいただくため、あることに挑む話だ。地学研究会を取り仕切る美少女、麻生美里のキャラクターに、まずやられる。彼女は廃部寸前だった地学研究会に部員を集め、見事に立て直した切れ者だ。その部員集めの手段と目的が、非常に正しいものなのである。読んでいて、胸を打たれた。まっすぐで、ひたむきで、揺るぎない。『退出ゲーム』『初恋ソムリエ』という連作の美点を体現しているのが、この麻生美里という人物だと私は考える。
学校が、少年少女にとってのいるべき場所、そこにいけば誰かに必要としてもらえる場所であればいい。そういう場所で幸せな時間を過ごした経験が、人生の中でかけがえのない財産となって残ればいい。そうした前向きな夢を、初野はこの作品で描いたのです。甘いかもしれないが、☆☆☆☆。
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