前回の有川浩『フリーター、家を買う。』(幻冬舎)に続き、建設業界を舞台にした小説を紹介したい。池井戸潤『鉄の骨』である。
『フリーター、家を買う。』で私が感心させられたことは、主人公がいわゆる3K業界を就職先として選び、額に汗して働くことの素晴らしさ、真っ当さに気づいていく過程がごく自然な形で描かれていることだった。やっぱり現場ですよ、現場。
『鉄の骨』は、それとは違う現場を描く小説だ。主人公の富島平太は、大学の建築学科を卒業して中堅土木建築業の一松組に入社した。だが入社三年目にして彼に、意外すぎる辞令が下ったのである。業務課への異動だ。建物作りをしたくて会社に入った人間にとって、そこはもっとも現場から遠い部署である。コストを切り詰めて見積もりを作り、仕事を請け負ってくるのが業務課の仕事だからだ。だが、新しい部署に足を踏み入れた平太は、もう一つの「現場」がそこにあることに気づかされる。公共事業の請負に絡む、謎の日本的システム——談合である。
談合は法律に背く行為だが、実際にはそれがなければどの事業者も仕事を進めることはできない。コスト切り下げの過当競争に入れば、最後は赤字覚悟で事業を請け負うことになり、それは会社の自滅を招くからだ。自由競争のお題目は、経営の現実の前では効力を失う。業務課は、担当役員である尾形の指揮の下、一丸となってこの必要悪のシステムに取り組んでいた。実は平太を業務課に引っぱった人物も、この尾形だったのである。やがて平太は、談合システムの中核に棲息する人物に出会い、綺麗ごとでは済まされない業界の暗部を覗くことになる。
世の中の穢れた部分を見せられた若者が、旧弊と闘い、乗り越えることで成長を果たしていく。教養小説の本道に則った物語運びで、読んでいて気持ちいい。乗り越えるべき悪の部分に「談合」を持ってくるというセンスも素晴らしいではないですか。金融業界を舞台にしたミステリーでデビューし、風通しの悪い企業風土によって引き起こされた問題を小説の題材として扱ってきた池井戸にぴったりの題材だ。池井戸にしか書けないと言ってもいいと思う。そこに恋愛の問題が絡み、検察捜査とのせめぎあいというスリルが加わる。そう、もちろん談合は罪だから、どこかで検挙される可能性もあるわけだ。そうした諸要素の上に、最後にはギャンブル小説の戦慄までが加えられる。駄目押しだ。物語としての完成度が非常に高く、ページを閉じたときにしみじみとした満足感を覚える。万人にお薦めできる娯楽小説といえます。特に巨大建設マニアの人は絶対読むべきでしょう。ああ、それは私のことか。
帯に賛辞を書いてしまったのだけど、あまりにおもしろかったのでこの書評も書かせていただいた。これを読まないのはもったいないと思う。☆☆☆☆☆を進呈。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |