お次は《奇想コレクション》最新刊にして、イヤ話満載の短篇集をご紹介しよう。
『洋梨形の男』には、表題作含めて6つの短篇が収録されている。この6篇いずれにおいても、登場人物がイヤな目に遭いまくるのだ。その中から2作品を選んで内容に触れてみよう。
まずは表題作「洋梨形の男」である。
主人公は若い女性で、彼女が同じアパートに住む洋梨形に肥った男性に付き纏われる、というのが話の骨子である。
この男が非常に気色悪いのである。主人公を監視したり留守中に部屋に侵入して来たりと、やっていることは完全にストーカーで、おまけに喋る内容は幼児の戯言のようで意味がよくわからず、主人公ならずとも背筋に震えが走る。しかし劣情を見せたり主人公に交際を迫るわけではなく、せいぜいチーズ・ドゥードル(チーズ味のコーンスナック)を押し付けてくる程度なので、主人公が友人や不動産業者に相談しても、真剣に聞いてもらえない。挙句、本当は付き合っているんじゃないのと気楽に勘違いされる始末なのだ。
洋梨形の男の、にちゃにちゃベトベトした質感を鮮明に伝える描写の数々も大変素晴らしく、いい意味で不快指数が高い。この後、物語は次第にホラーの色彩を強めて、遂には驚愕の結末を迎えるが、本書の肝はそこではなく、主人公が洋梨形の男に対して感じている嫌悪感を、細大漏らさず描ききっているところにある。実に素晴らしいイヤ話ではないか。
なお本書の表紙絵はこの作品に由来するが、読了後に見直すと、怖気をふるうほど気色悪い絵であることがわかる。何も知らない時に見たら、むしろ可愛いんだが……。
白眉はラストの「成立しないヴァリエーション」である。
学生時代、チェスの団体戦でチームが負けたのはお前のせいだと責め立てられた。10年後、彼は裕福になり、当時のチームメイトを山中の屋敷に招待する。チームメイトの一人だったピーターは、作家になる夢が破れ収入も少ない中、最近夫婦仲が悪くなり始めた妻と共に、この招待に応じる。屋敷で彼を待っていたのは、科学者として成功しすっかり裕福になったバニッシュと、それとは対照的にピーターと同じく貧しい様子の、元チームメイトたちであった。
招待主はここぞとばかり、昔日の怨恨を晴らすかのように自分の境遇を自慢し、「格差」を見せ付ける。遂に我慢できないと帰ろうとする客も出始めるが、近辺に人間などいそうにない山奥であり、しかもガレージの扉はロックされ、招待主の許しがない限り、出て行けなくなってしまうのだ。
怨恨を抱く人物同士が、山奥の屋敷に閉じ込められる――と聞くと、私などはどうしても、ミステリでいう「クローズド・サークル」ものを連想してしまう。アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』や綾辻行人『十角館の殺人』、有栖川有栖『月光ゲーム』のように、閉鎖空間で次々に殺人が発生するんじゃないかと身構えてしまうのだ。
ところがどっこい、殺人事件が起こる暇もあらばこそ、招待主が客にとんでもない事を明かして、話は急激にSF方面に曲がるのだ。まあ本格ミステリのような展開を辿ると私も本気で予想したわけではないが、実際ここで招待者の真意と企みが明らかになるや、作品の方向性が急に変わって驚かされるのは間違いない。そして招待主の強烈な悪意に、我々は大変イヤな気分を味わうことになるだろう。やっぱりこの短篇も素敵なイヤ話だったのである。
ただし「成立しないヴァリエーション」には救いもあって、それがこの短篇集全体の後味もたいへん良いものにしていることを申し添えておきたい。
これら2本以外の4本もイヤ話揃いだ。
ダイエット法+典型的なホラーの「モンキー療法」、旧友に依存するはた迷惑な女+これまた典型的なホラー「思い出のメロディー」、老い始めた一人暮らしの作家が自分の創造した登場人物の訪問を次々受ける「子供たちの肖像」、軽いノリで始まるので編訳者の言うとおり箸休め的小品かと思っていたらやっぱり酷いオチが付く「終業時間」、そして既に紹介した「洋梨形の男」「成立しないヴァリエーション」いずれも非常に素晴らしい。なおこの中では「子供たちの肖像」のみ、若干硬派で文芸よりの質感を湛え歯ごたえがあるものの、他は娯楽小説の骨法を踏まえて誰でも楽しめるように仕上がっている。とにかく語り口がうまく、話に惹き込まれること請け合いだ。
評価は当然☆☆☆☆☆。満点です。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |