次に紹介する『州知事戦線異状あり!』は、ちょっと荒唐無稽ながら、それをまっすぐ世直し方面に向けた、痛快娯楽小説だ。
主人公のジョン・ブラックは、実母がアメリカ上院議員、実姉エレオノールはロサンゼルス市長という政治家一家の出である。しかし彼は政治の世界を嫌い、家を出て全く違う仕事をしている。それは一種のトラブルシューターで、依頼人に迷惑をかけている相手を、相棒ハーリーと一緒になって散々脅しつけ(というか拷問して)、無理矢理手を引かせている。どう考えても犯罪であるが、このコンビが拷問する相手は、ストーカーやDV男といった類の、性根が腐った悪人ばかり。勧善懲悪、因果応報、読者は全く嫌な気分に陥ることなく、コンビによる拷問シーンでは爽快な気分になることができる。……でもハーリーの方は明らかにドSで、拷問を楽しみまくってます。ヘラヘラ笑ってフランクな口調で喋りかけつつ、手を撃ち抜いたりするんですよ? 全登場人物中、いちばんヤバいのは多分このハーリーだろうなあ。
本書の騒動は、ジョンの実姉が、カリフォルニア州知事選に立候補したがゆえに起きる。投票2週間前の世論調査でも、彼女は支持率トップに立ち、最有力候補と目されていた。しかしここで敵対候補リチャード・スティールは、とんでもないことを考えた。有力候補を全員殺してしまえば、自分が確実に当選できるではないか。そう考えたリチャード・スティールは、バックに控えた悪徳薬品メーカーの豊富な資金力をバックに、殺し屋を2人雇い、他の有力候補を次々に襲わせ始めたのである。当然エレオノールも狙われるが、異変をいち早くかぎ付けたエレオノールの娘ヒラリーは、叔父のジョンに母を助けてくれと頼み込んで来る。ジョンはこれを快諾し、姉の元に馳せ参じるが……。
登場人物に、個性豊かで愉快な奴が揃っているのが素晴らしい。
ジョンは政治嫌いとはいえ、世捨て人というわけではなく、ちゃんとリベラル寄りで不正嫌いという真っ正直な人間であるし、何より嫌いなのが「政治」であって「政治家」ではなく、母と姉も心底愛している。軽口や憎まれ口を叩きつつ、肉親の情に篤いのである。
典型的な政治屋で、弱みを握っては人を思うままに操る実母バーバラ、普通にカッコいい中道左派の真っ当な政治家エレオノール、叔父に助けを求めたにもかかわらず遊び感覚が抜けきらないヒラリー、そして先述のヤバい相棒ハーリーなど、主人公サイドの人物は非常に活き活きと描かれている。
敵方も魅力たっぷり。スティールの雇った殺し屋、痩せぎすのバリーと、黒人の巨漢ネイルズの凸凹コンビは、数々の間抜けなミスと、漫才と見まごうばかりの丁々発止の掛け合いで、読者の心を鷲掴みにするはずだ。また黒幕のスティールも、肝心なところで粗忽だったり動じやすかったりして、人間味にあふれている。
こういう人物たちが、州知事選という数年に一度のお祭りの中で、大騒ぎを演じるのである。面白くならない方がおかしい。キャラクター立ちまくりの登場人物は、最後に結局どうなってしまうのか? そして選挙の行方は? どうかたっぷり楽しんでほしい。
さて冒頭に述べた「荒唐無稽」の要素であるが、それは主人公ジョン・ブラック自身が、知事選に立候補してしまう点にある。
実は話が半分ほど進むと、バリーとネイルズの襲撃の結果、エレオノールが意識不明の重体に陥ってしまう。このまま彼女が選挙戦を続けるのは不可能。そんな時、母バーバラが奇策を繰り出す。ほとんどの人が忘れていたような古いカリフォルニア州法を引っ張り出して来て、候補者本人に事故があったときは、その父か息子、兄弟なら選挙戦途中でも代わりに選挙を受けることができるというのだ。
エレオノールの父は既に亡く、子は娘しかいない。だが兄弟なら一人いる。そう、何と主人公ジョンが、エレオノールの弟ということで州知事選に打って出ることになるのだ。ジョンは嫌がるが、結局、姉の危機を救うべく神輿に乗ることを決める。
実際のカリフォルニアにこのような州法があるのかは私も知らないが、現実問題として、投票まで残り2週間もないうちに(たとえ近しい親族でも)代わりの候補者を見繕ったところで、支持者が散逸し、その人物に当選の目はないだろう。ましてやジョンは、政治経歴がないどころか、仕事が先述のようにちょっと危ない筋の人なのだ。いい戦いはできないのが普通であろう。
ところが本書では、ジョンは最初から有権者の心を掴む。選挙に慣れた母の忠告を無視して、彼は自分の言葉で出馬表明会見をおこない、選挙戦に臨む。言葉は荒いが素直な物言いと、政治は嫌いだが正義は好きという姿勢ゆえ、ジョンはたちまちエレオノールが得ていた支持をほぼそのまま承継する。結果、世論調査では最有力候補の一人となってしまうのである。
現実ではちょっとあり得ないシナリオだが、青臭いけれども、ここには政治の理想の顕現がある。選挙の現実を追うシビアでリアルな作品もいいが、馬鹿馬鹿しいけれど気持ちの良い夢も、たまには見たいじゃないですか。ただしジョンは最有力知事候補となった後も、姉を襲った殺し屋と黒幕の正体を探ることを優先するので、途中でいきなり政治ドラマが始まるわけではなく、クライムノベルとしての骨格は一切揺るがない。
なおミステリ的には、このジョン立候補によって、ヒットマンを追う探偵がヒットマンの標的そのものになるという立場の激変を、「探偵が邪魔した結果、狙う側の怒りを買う」という王道パターン以外の形で実行した点に注目したい。こういう展開は初めて見た。
というわけで、『州知事戦線異状あり!』では、個性豊かな登場人物による大騒動が楽しい好著である。文句などあろうはずがありません。評価は☆☆☆☆。
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