北川猛邦『踊るジョーカー』(東京創元社)の表題作を読んだとき、なんだこれは、と思わず踊り出したくなるほど嬉しくなった記憶がある。トランプが散乱した密室の中で刺し殺された被害者、という舞台の雰囲気もさることながら、最後で明かされる真相がまたいいのだ。これこそ、十年後も読んだ人の記憶に残っている作品だろう。優れたトリックを用いたミステリーというのは風化しないのである。
『密室から黒猫を取り出す方法』は、その『踊るジョーカー』の続篇に当たる短篇集だ。引きこもり気味の名探偵・音野順と、彼の活躍を探偵小説として発表している白瀬白夜のコンビが全話に登場する。粒よりだった前作ほどの完成度はさすがにないのだが、その分を話のバリエーションで補っている。表題作と「停電から夜明けまで」は、犯人が最初から判っている、いわゆる倒叙の物語だ。後者は、犯行計画が実行に移されてから犯人が人を殺めようとするまでを実況中継のような形で描いていく、変わった作品である。音野順の兄が登場して、真相暴露もちょっとした変化球の形で決まる。また、巻末の「クローズド・キャンドル」は、音野順にライバルが出現し、なぜか白瀬白夜が勝手に推理合戦を挑んで窮地に陥るという話だ(音野は、推理合戦のような疲れる行為にはあまり関心がないわけです)。
作者は、かけあいの会話が楽しいコミック・ノベルとしても読めるように意図して本書を書いているはずなので、そうした狙いがもっとも成功しているのが「人喰いテレビ」の一篇だ。他殺死体が発見されて警察が捜査を開始するのだが、現場となった屋敷を怪しげなUFO研究会のメンバーが偶然望遠鏡で見ており、早速ご注進に及ぶ。彼らは「人間がテレビに食われるのを見た」と騒ぎ立てて警察をうんざりさせるのである。冒頭で告げられるこの奇妙な目撃証言に、きちんと合理的な落ちがつけられる。あっと驚くようなものではないのだが、情景を想像するとおかしく、私は気に入りました。マニアックにすぎず、可愛らしい点もあり、初心者にも進められる短篇集だ。☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |