有川浩の「真っ当なことを真っ当に主張する」小説が好きである。今年三月に出た『三匹のおっさん』(文藝春秋)は、還暦を迎え気軽な身の上になったのをいいことに、町を騒がす悪党狩りに乗り出した親父の話だった。六十歳でもまだまだ現役! と、おっさんたちは言う。いいなあ。その前の『ラブコメ今昔』(角川書店)は、自衛官を主人公にした恋愛小説集で、国防という使命に身も心も捧げた男は素晴らしくかっこいい! というお話である。なるほどなあ。その前の『阪神電車』(幻冬舎)も恋愛を核とした人情話の連作だが、人間の幸せは、阪急電車の車内のようにちんまりとした、しかし居心地のいい空間にある、ということを改めて読者に気づかせてくれた。素敵なことだ。
……きりがないのでこの辺で止めておくが、真っ当なことを真っ当に主張するというのは要するにそういうことである。改めて口にするのが気恥ずかしいことでも、言葉にしなければ誰にも伝わらない。また、どんな当たり前のことでも、口に出す者がいなくなれば、いつか忘れ去られていってしまう。大事なことを少し忘れかけて、ぼうっとし始めた読者の頭を、有川のはっきりとした声は醒ましてくれるのである。背筋はぴしっとしろよ、目上の人には挨拶をきちんとしろ——そういえば、年長者と若者の交流が自然な形が描かれているのも、有川小説の素晴らしい点だ。
『フリーター、家を買う。』は、その有川の最新長篇である。主人公の武誠治は二十五歳のフリーターだ。新卒で入った会社は三ヶ月で辞め、第二新卒の就職面接にもことごとく失敗。気がつけばアルバイトで当面の生活費を稼ぐ、不安定な暮らしが身に染みついていた。実家住まいだからこそ許される勝手ではあったのだが、その我がまま暮らしが根底から覆される日がやってきた。母の寿美子が、重い心の病にかかっていることが判ったのだ。
一報を聞いて嫁ぎ先から帰ってきた姉から、誠治は思ってもみなかった事実を告げられる。身勝手な父・誠一のせいで武家は近所から睨まれ、陰険ないじめを受けていたというのだ。寿美子の発病も、そのこととは無関係ではないはずだ。何も知らずに母に甘えて暮らしていたことを後悔した誠治は、自らの手で家族を立て直すことを誓う。当面大事なのは寿美子をいたわり、少しでも病気を快方に向かわせてやること。そのためには、家族を顧みない誠一を意識改革させることが必要である。もちろん自分自身も自立しないといけない。土木作業の事務所で肉体労働のアルバイトをしながら、誠治は再び就職活動を開始する。しかし二十五歳のフリーターに対し、世間の風はどこまでも冷たかった。
まったくの世間知らずだった若僧が、厳しい現実を直視させられ、「世の中、道理が通らないことなんて山ほどある。みんながどこかで我慢している」「世の中は平等なんかじゃない。平等だったら適材適所などという言葉は存在しない」といった真理に気づけるほどに成長していく。父・誠一との関係修復が丁寧に描かれているのは、家族のつながりの中にこそ幸せはある、という正論を照れ笑いなどせずに正面切って書こうという作者の誠意の表れだ。ここでも有川浩は、嬉しくなるくらい真っ当でした。☆☆☆☆☆。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
---|---|
おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |