一方、都筑道夫はミステリ界きっての論客でもあった。特に評論集の『死体を無事に消すまで』と『黄色い部屋はいかに改装されたか?』(いずれも晶文社)は、トリックよりロジックの重視などを説いた。また、都筑道夫は名探偵を必要として、不要論者の佐野洋と論争になったのはあまりにも有名である。
後進の指導にも熱心で、晩年に東京の池袋コミュニティ・カレッジで創作講座を開講し、門下生から畠中恵や深堀骨を輩出している。この他、直接教えを受けていなくても都筑道夫をリスペクトしている作家は多い。米澤穂信・道尾秀介・西澤保彦・倉知淳などがそれだが、いずれも作品に趣向を凝らす一筋縄では行かない作家なのは興味深い。
以上のように作家・評論家・指導者としての顔を持つ都筑道夫だが、これに加えて、作家としての本格デビュー前には、名編集者としての顔も持っていた。それが、EQMMの初代編集長としての仕事である。彼は一九五六年から五九年までこの職を務めたが、雑誌の編集作業をおこなう傍ら、ポケミスの編集も引き受けて解説を多数執筆した。さらには、ハヤカワSFシリーズの刊行開始にも関与して、ここでもまたジャンルを越えた活躍を見せたのである。
本書『都筑道夫ポケミス全解説』の価値は、伝説の編集者・都筑道夫の、ポケミス、ハヤカワSFシリーズ、EQMMにおけるリアルタイムの声を集めたものであるということだ。業績が確認しやすくなったうえに、当時の雰囲気を知ることができる。
現代まで続くポケミスの伝統として、ポケミスに付された解説はそれほど長くないものが多い。作家略歴と簡単な内容紹介が主であり、これに解説子の見解がうっすら乗るのが基本線である。都筑道夫も例外ではなく、戦後の翻訳ミステリ紹介黎明期であったことも手伝って、作家・作品、ならびに著作リスト類などデータ面での記載が多い。
感心するのは、各作品・各作家のことが実によく調べられている点である。「編集者なんだから当たり前」という意見もあろうが、当時はインターネットなどもなく、グーグル先生にお伺いを立てて情報を漁ることもできない。また、一人一台のパソコンどころかそもそも業務にパソコンを使っていない時代なので、自分または会社の蔵書をデータ化したものに検索をかける、なんてこともできない。洋書・洋雑誌もそう簡単には買えなかったことだろう。にもかかわらずこの情報量! 都筑道夫と、当時の早川書房がポケミスにかけていたことが推し量れるというものである。
作家・作品に対する分析も非常に鋭い。上述のように、データ面で不備があった時代にここまで的確に紹介するのは難しかったはずで、改めて都筑道夫の才には感服してしまう。ジョルジュ・シムノンやW・P・マッギヴァーン、ロス・マクドナルド、エド・マクベインなど、多くの作家の解説で、現在でもそのまま使用できるほど、説得力の高い論述を展開しているのである。半世紀も前に書かれた解説とはとても思えない。
興味深いのは、後年の評論集で顕在化することになる「トリックよりもロジックを」、「本格だけがミステリじゃない」、「小説は粋でなければならない」といった志向が、既に明確に打ち出されている点である。都筑道夫は当時まだ二十代の若さだったが、この頃からミステリ観が確立していたわけだ。
というわけで、良質の海外作品を日本に紹介せんとの意気込みが非常に強く感じられる解説が揃っている。しかも量が凄い。ポケミスだけでも実に百超!当時二十代だった著者の気迫に、身が引き締まるような想いに駆られるのは私だけではないはずだ。