ロイス・マクマスター・ビジョルド『戦士志願』(原著刊行1986年)は、こうした流れの延長線上に登場してきた作品。ただし軸足は、主人公であるマイルズ・ヴォルコシガンの成長物語の方に置いている。いわば、スペースオペラ版教養小説であり、誤解を恐れずに言うと、アメリカ版『機動戦士ガンダム』である(ちなみにガンダムもハインライン『宇宙の戦士』の影響を受けている)。ビジョルドは、マイルズ・シリーズを書き継いでおり、『親愛なるクローン』(原著刊行1988年)、『無限の境界』(原著刊行1989年)、『ヴォル・ゲーム』(原著刊行1990年)、『ミラー・ダンス』(原著刊行1994年)等々が刊行されている。このうち、中編集『無限の境界』収録の「喪の山」で、ネビュラ賞とヒューゴー賞を、長編『ヴォル・ゲーム』で再びヒューゴー賞を、そして『ミラー・ダンス』でも、ヒューゴー賞とローカス賞を受賞している。
マイルズの母・コーデリアの若き日を描いたコーデリア・シリーズも並行して書かれており、『名誉のかけら』(原著刊行1986年)、『バラヤー内乱』(原著刊行1991年)などがある(後者は、これまたヒューゴー賞とローカス賞をダブル受賞)。こうした作品群は、相互に連関し、ヴォルコシガン・サーガとでも言うべき未来史を形作っている。エンタテインメントに徹している分、肩の凝らない読み物として、気軽に楽しめる連作だ。
90年代に入ると驚異の作家が登場する。オーストラリア出身のグレッグ・イーガンである(ただし執筆活動は80年代から始めていたようだが)。長編『宇宙消失』(原著刊行1992年)は、ナノテクノロジーと量子力学の知見(それは日常感覚とはかけ離れた世界である)に基づいた世界観をきっちり構築すると同時に、“平凡な日常”や“アイデンティティの危機”といった、我々の身の丈に合わせた問題が織り込まれている。ハードSFであるにもかかわらず、外界と内面の関連を探るという意味では、ニュー・ウェーヴの遠いこだまを感じさせてもくれるし、夜空から、突然、星々が消えてしまったという「謎」を、アクロバティックに「解明」するという点では、新時代のSFミステリでもあるだろう。イーガンは、その後もとどまるところを知らず、大傑作『万物理論』(原著刊行1995年)を発表した後は、あたかも読者をおいてけぼりにするかのごとく、猛然と理解不能の境地へと突き進んでいる。1999年に発表された“TERANESIA”も創元SF文庫での刊行が予定されているというから、楽しみに待ちたい。
00年代に関しては趣向を変え、日本SFの現状を眺めてみよう。というのも、ちょうど2008年末に、2007年の傑作短篇を選りすぐったアンソロジーが刊行されたから。そう、大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選 虚構機関』である。円城塔や伊藤計劃(惜しくも、先頃、早世された。合掌)といった驚異の新人をはじめとして、堀晃やかんべむさしといったベテラン、あるいは中原昌也や福永信といった純文学畑(?)の書き手まで、収録作家はバラエティに富んでいる。また近年、創元SF文庫は、日本SFの傑作を続々と文庫化しており、鏡明『不確定世界の探偵物語』や夢枕獏『遥かなる巨神』など、現在、入手が難しい作品を発掘しているあたりも好ましい。
以上、駆け足で辿ってきたが、触れることのできなかった作家や作品は、あまりにも多い。本稿を足がかりに、広大にして豊饒なSFの世界に興味をもっていただければ幸いである。そして、これまで同様、この先も創元SF文庫が素晴らしい作品群を刊行してくれることを期待したい。
【たぶん品切れになっていないもの含め】
アルフレッド・ベスター『分解された男』
J・G・バラード『結晶世界』
J・G・バラード『楽園への疾走』
フィリップ・K・ディック『あなたをつくります』
フィリップ・K・ディック『ドクター・ブラッドマネー』
フィリップ・K・ディック『最後から二番目の真実』
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』
ジョン・ヴァーリイ『バービーはなぜ殺される』
ジェイムズ・P・ブレイロック『夢の国』
ジョージ・R・R・マーティン『フィーヴァードリーム』
SF映画原作傑作選『地球の静止する日』
怪物ホラー傑作選『千の脚を持つ男』
ロバート・A・ハインライン『宇宙の戦士』
ロイス・マクマスター・ビジョルド『戦士志願』
ロイス・マクマスター・ビジョルド『親愛なるクローン』
ロイス・マクマスター・ビジョルド『無限の境界』
ロイス・マクマスター・ビジョルド『ヴォル・ゲーム』
ロイス・マクマスター・ビジョルド『ミラー・ダンス』
ロイス・マクマスター・ビジョルド『名誉のかけら』
ロイス・マクマスター・ビジョルド『バラヤー内乱』
グレッグ・イーガン『宇宙消失』
グレッグ・イーガン『万物理論』
大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選 虚構機関』
鏡明『不確定世界の探偵物語』
夢枕獏『遥かなる巨神』