私事にわたるが、評者は1968年生まれであり、ものごころついた頃にはSFブームが吹き荒れていた。ブームのきっかけは、1970年代後半に公開された『未知との遭遇』や『スター・ウォーズ』。時期を同じくして、サンリオSF文庫(サンリオ)がスタートし、「スターログ」(ツルモトルーム)や「SF宝石」(光文社)のような専門誌も創刊された。おそらく、当時、「SFは売れる」という状況があったのだろう。しかし、ブームが一段落ついた時点で、後発組は、どんどん淘汰されてゆく。
後発組と書いたけれども、では、先発組にあたるのは何か。言うまでもなく、早川書房と東京創元社である。少年時代、どちらかというと、手に取りやすかったのはハヤカワ文庫で、その理由は表紙が親しみやすかったから。対して、創元推理文庫のSF部門(これは1991年に創元SF文庫と改称される)は、やや渋め。それゆえ、なんとなく「大人の読み物」という印象が強く、手にするときは、いくぶん気持ち的に背伸びをしなければならなかった。余談だが、初期の創元推理文庫では、和田誠や杉浦康平、真鍋博や粟津潔、田中一光……等々が装幀を手がけている。戦後のグラフィックデザインを語るには外せない面々である(このあたり、ウェブ上のギャラリーとして、アーカイヴ化してもらえないものか)。
さて、本題に入ろう。創元推理文庫の創刊は1959年。文庫内レーベルのようなかたちでSF部門(前述したように、現在の創元SF文庫)が新設されたのは1963年。本稿では、創元SF文庫の半世紀と重ね合わせつつ、60年代、70年代、80年代、90年代、そして00年代の作品をピックアップしていく。
と言いつつ、まず最初に紹介したいのは、50年代の作品。ライターズ・ライターであり、ワイドスクリーン・バロックを発表し続けたアルフレッド・ベスターによる傑作『分解された男』(創元SF文庫、以下特に記さない場合は同文庫の作品です/原著刊行1953年)である。24世紀の未来社会を舞台にエスパーが活躍する、いわば冒険活劇。であると同時に、ミステリ的な趣向を盛り込み、読者を飽きさせることがない。華麗な筆致とスピーディな展開は、SFの原初的な魅力を存分に味わわせてくれる。実際、この作品は第1回ヒューゴー賞を受賞している(ヒューゴー賞とは、アメリカSF界の父、ヒューゴー・ガーンズバックにちなんだもの。選考方法はまったく異なるが、知名度においては、芥川賞・直木賞のようなものだと思ってもらえばいい)。
ベスターの作品をワイドスクリーン・バロックと呼んだのは、SF作家であり、評論家でもあるブライアン・オールディス。一般的にはスティーヴン・スピルバーグが監督した『A.I.』の原作者として認識されているかもしれない。しかしSF界では、60年代に勃興したニュー・ウェーヴ運動の担い手として知られている。ニュー・ウェーヴとは、旧来の方法論を捨て、形式面でも、内容面でも、革新的なものを目指そうという動き。これは同時代のカウンターカルチャーと共振したものだっただろうし、主流文学や絵画におけるモダニズムに相当するものでもあっただろう。60年代とは、SF作家自身が、SFというジャンルのありようを再確認し、批評的なまなざしをもって、新たな領域を開拓していった時代なのだ。
ニュー・ウェーヴを代表する作家といえば、SF界の裏番長、J・G・バラードである。1962年に発表された有名なマニフェスト「内宇宙への道はどちらか?」では、抽象絵画やシェーンベルクの12音音楽と同様に、SFも真に20世紀的な語りとプロットを模索すべしと提唱した。代表作『結晶世界』(原著刊行1966年)では、破滅に向かう世界というSF的な枠組みと、「外的世界(現実)と内的世界(精神)が出会い、融合するところ」を目指す独自のアプローチが、密接不可分のものとして結晶。その強度は、いまなお失われていない。バラードは、70年代、80年代と、時代を追うごとにマスターピースを発表し続けているが、90年代に発表された『楽園への疾走』(原著刊行1994年)も、このたび文庫化された。『結晶世界』同様、夢幻に満ちた現代の黙示録を味わっていただきたい。
60年代SFといえば、フィリップ・K・ディックの諸作も忘れてはいけない。ディックは『ブレードランナー』や『スキャナー・ダークリー』(ともにハヤカワ文庫SF)等々の原作者であり、その分、SFファン以外にも多くの愛読者を持つ。一時、サンリオSF文庫が、ディック作品を積極的に紹介してきたが、残念ながら、80年代中盤、文庫自体が消滅してしまった。しかし、サンリオSF文庫の意志を引き継ぐかのように、創元SF文庫は、80年代終盤から90年代前半にかけて、コンスタントにディック作品を刊行。00年代に入っても『あなたをつくります』(原著刊行1972年)や『ドクター・ブラッドマネー』(原著刊行1965年)、『最後から二番目の真実』(原著刊行1964年)等々の改訳決定版を送り出している。