バラード、ディックと、いささか“文学的”な作家に偏ってしまった。70年代SFに関しては、SF本来の思弁性を重視しつつ、エンタテインメント性を意識した作品を紹介しよう。筆頭はジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』(原著刊行1977年)。評者が本作に触れたのは、ちょうど中学生の頃で、あまりの面白さに級友に薦めまくった記憶がある。その甲斐あって、我がクラスでは、ちょっとしたホーガンブームが巻き起こったのだった。『星を継ぐもの』は、ガチガチのハードSF(科学的な考証に裏打ちされた作品)であると同時に、本格ミステリでもある。「月面で発見された5万年前の死体」という魅力的な謎が発端となり、それが論理的に解き明かされる過程は、非常にスリリング。それが論理的であればあるほど、読者は驚きとともに納得させられるのだ。それゆえ、ハードSFであるにもかかわらず、SF初心者にとっても面白く読める作品である。
付け加えておくと、SFミステリなるものは、実は難度の高い代物である。ミステリでは、まず最初に、不可解な「謎」の提出が行われるが、読み進めていくうちに、物語は論理的整合性をもって、現実的な「解決」へと導かれていく。他方、SFでは、科学的知見に基づいたアイディアを、この現実世界に「外挿(エクストラポレート)」することで、世界やその見え方が「変容」していく。ともに論理的な手続きを踏んでいるにもかかわらず、想像力が一点に収斂(=解決)していくのがミステリであり、拡散(=変容)していくのがSFであるとは、よく指摘されるところである。
70年代に登場した作家で、もうひとり忘れてはならないのが、ジョン・ヴァーリイ。ホーガン同様、ハードSFという器に今日的な感覚を盛り込み、人気を博した。残念ながら、現在、品切れになっているようだが、短編集『バービーはなぜ殺される』(原著刊行1980年)もミステリファンは目を通していただきたい。とりわけ表題作はSFミステリの傑作である。
80年代の特筆すべき動きは、なんといってもサイバーパンクである。が、本稿では触れない。なぜなら、サイバーパンク作品はハヤカワ文庫の独壇場。残念ながら、創元SF文庫には収められていないのである(笑)。その代わりといってはなんだが、サイバーパンクから派生したムーブメントに、スチームパンクというものがあり、担い手のひとりであったジェイムズ・P・ブレイロックが、これも現在絶版だが『夢の国』(原著刊行1987年)という、いっぷう変わったファンタジーを書いている。ブラッドベリへのオマージュかと思いきや、次第にマッドな展開になっていくあたり、忘れがたい印象を残す。増田まもる氏の訳文も絶品だと思う。そうそう、それで思い出したが、同じく増田氏が邦訳を手がけた、ジョージ・R・R・マーティン『フィーヴァードリーム』(創元ノヴェルズ/原著刊行1982年)も抜群に面白い。19世紀アメリカ南部、ミシシッピ河最速の蒸気船・フィーヴァードリーム号を舞台に、ヴァンパイアたちが繰り広げる一大絵巻である。
80年代の話題といえば、ミリタリーSFの勃興があげられる。翻訳家にしてアンソロジストの中村融氏(創元SF文庫では、SF映画原作傑作選『地球の静止する日』や、怪物ホラー傑作選『千の脚を持つ男』を編んでいる)の要約を引用しよう。いわく、ミリタリーSFとは、「タカ派の主張や心情をストレートに反映させた好戦的SFで、詳細な軍略や戦闘場面の描写を特徴とする。嚆矢はロバート・A・ハインラインの『宇宙の戦士』(ハヤカワ文庫SF)であり、その影響を強く受けたジェリィ・パーネルやデイヴィッド・ドレイクらの作品が、レーガン政権流の「強いアメリカ」を背景に広く人気を集めたのだ。わが国に紹介されたなかでは、パーネルがラリイ・ニーヴンと共作した『降伏の儀式』(評者註・残念ながら絶版です)にその典型が見られるだろう」。