しかし、「映画」とは、実は「恐怖」を成立させるにあたって、ある本質的な困難を抱えているメディアではないのだろうか、という疑問が、読み進めるうちにふと頭をかすめもします。
その意味で、中野泰「『カメラマンの復讐』――ヴワディスワフ・スタケーヴィッチの初期アニメーション映画におけるグロテスク性について」が引用する、「グロテスクなもの」を「不気味な、疎外された、非人間的なもの」として限定するヴォルフガング・カイザーのグロテスク理論には、「創造的な笑いの要素が欠けている」と指摘するミハイル・バフチンの批判は示唆に富むものです。ここでバフチンの「グロテスク・リアリズム」概念を援用しつつ論じられるのは、「夫婦の不倫騒動」の物語を、リアルに造形したカブトムシとバッタの人形を用い、ストップモーション・アニメーション技法によって映像化したスタケーヴィッチの短編映画『カメラマンの復讐』(1912)です。これは「日常/非日常」あるいは「人間/非人間」の境界が曖昧になるような映像を見る体験が、すなわち「恐怖」のみを意味するとは限らず、それと重なりつつ逸脱する「創造的な笑い」を観客に喚起する可能性を、「テクスト/ストーリー」に拠ることなしに引き出した実践の一例といえるでしょう。
そして、ともすれば複数のあらぬ方向へと逸脱してゆきかねない観客の感覚を、「恐怖」として限定しなければならない「恐怖映画」は、たんに「無気味な映像」ばかりではなく、殺人や死をもたらす呪いの「物語」や、恐怖に脅える登場人物の「心理」といった、非映像的な「テクスト」に支えられることによって、かろうじて成立しているものなのではないか、というさらなる疑問が、この論を読むことで明確になってきます。
『石の花』(1949)のアレクサンドル・プトゥシコの監修のもと、旧ソ連の国立映画大学の学生たちの卒業制作として作られた恐怖映画『妖婆・死棺の呪い』(1967)を、ニコライ・ゴーゴリの原作小説『ヴィイ』と比較対照しつつ論じてゆく、梅津紀雄「『妖婆・死棺の呪い』論――ゴーゴリのロシアからプトゥシコのソ連へ」。この論評もまた「映画の恐怖」の困難性についての示唆を与えてくれます。 とりわけ、原作小説に比べて、映画版では、主人公の神学生ホマーの体験する恐怖の「孤独」あるいは「共有不可能性」が、より強調されているという指摘は重要なものです。この映画のラストシーンに出現する妖怪たちは、技術的な稚拙さもあいまって、見る者に「恐怖」ばかりではなく、むしろグロテスクな滑稽さ、陽気さを感じさせる存在です。だからこそ、楽しげに狂喜乱舞する妖怪たちのカーニヴァルに囲まれながら、恐怖のために死んでゆく主人公の体験の絶対的な「孤独さ」―その「恐怖」がわれわれ映画観客によってもほとんど共有できない以上―が、いっそう際立たされることにもなります。
つまり、『妖婆・死棺の呪い』という「怖くない恐怖映画」が、それにもかかわらず、現在もなお忘れがたい鮮烈な印象を残す作品たりえているのは、グロテスクで陽気な祝祭性のうちに、「映画の恐怖」の成立の途方もない困難さを逆説的に暴き出しているからではないでしょうか。われわれ観客は主人公と同様の「恐怖」を共有することはできませんが、だからこそ、主人公の孤独な死を見守るとき、滑稽さと綯い交ぜになった深い絶望感に浸されるのかもしれません。
はたして、他のメディアによっては代行しえない「映画の恐怖」はありうるのか、その可能性を見失いかけたとき、思わぬ方向から強烈なカウンターを叩きつけてくるのが、中村秀之「紀子の首―『晩春』の無気味さについて」です。このわずか4ページの小論は、「長年二人だけの親密な生活を続けてきた寡夫の父とその娘が、娘の結婚によって別離に至る」という、まったく《恐怖》とは無縁と思われる物語をもつ『晩春』が、実は「恐怖映画」にほかならないことを、具体的な映像の分析を通じて実証してしまうという離れ技をやってのけるうえに、これ自体が「《怪談》として読んで怖い」という点においても、まさに出色の「恐怖映画」論です。