今回の直木賞で一番びっくりしたのは、作家の代表作ではない作品が受賞に至ったことではなく(直木賞ではよくあること)、鉄板で獲るのではないかと思っていた作品のうち一つが落ちたことではなく(葉室麟の受賞を予想していたもので)、選考会当日の宮城谷昌光コメントだった。白石一文『ほかならぬ人へ』について宮城谷さんは言いました。
【文体および構成力がすぐれている。高級な文体を使い、高級な展開。テーマ、小説の作り方を含め、推す声が多かった】(産経新聞ニュース2010.1.14 21:33 http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/100114/acd1001142133005-n1.htm)
高級な文体を使い、高級な展開!
高級な文体を使い、高級な展開!
大事なところなので二回言ってみました。いや、すごい。長いこと書評家として仕事をしてきましたが、こういう褒め方というのは考えつかなかった。目から鱗が落ちました。
『ほかならぬ人へ』は、恋愛小説専門誌「Feel Love」に掲載された二篇の中篇を収めた作品である。表題作は、名家に生まれ、両親の反対を押し切ってキャバクラ嬢と結婚した主人公・宇津木明生が、昔の恋人を思い切れない妻の身勝手な行動に翻弄されるお話。こうやって書くとなんだか身も蓋もないのだが、つまりはベスト・ハーフ探しの話なのですね。こういう述懐に、作品のテーマが明確に現れている。
——この世界の問題の多くは、何が必要で何が不必要かではなく、単なる組み合わせや配分の誤りによって生まれているだけではないだろうか。これが必要な人にはあれが、あれが必要な人にはそれが、それが必要な人にはこれが渡されて、そのせいで世界はいつまでたってもガチャガチャで不均衡なままなのではないか。
また、こんなことも言っている。
「そうじゃないよ。みんな徹底的に探してないだけだよ。ベストの相手を見つけた人は全員そういう証拠を手に入れているんだ」
明生は、いわゆる「いい人」だ。人を傷つけるようなことが許せず、自分は相手をとことん信じる。結婚した相手のなずなが、別れたオトコが思いきれないトンデモ女だなんて、疑いもしてみなかったわけなのですね。なのに裏切られ、だけど自分からはなずなを恨むこともせず、なるようになるまで事態を傍観し、結局は収まるところに収まる。性善説に基づいて書かれた、好感の持てる小説だ。文章は平明だし、恋愛小説としては読みやすい。
ただ私自身の感想を述べさせてもらえれば、おさまりの悪い小説ではあった。自分から行動を起こすことを好まない明生の態度にもどかしさを覚え、ああ、でも草食系男子とやらがもてはやされるご時勢を巧く切り取っているのかな、とも納得し、自分がろくに相手を見極めずに結婚したのを迷惑女のせいにしている主人公に男の勝手なドリームを反映しているだけじゃん、と思いつつも、でもそれは人を信頼することの大事さを描くのと表裏一体だからな、と割り切りながらこの小説を読み終えたのだった。ああ、汚れた心の大人向けではないかも。
ちなみに上記の「高級な」云々は当日の記者会見に答えてのコメントで、翌日に公開されたもう少し詳しい講評ではこんなことになっていた。
【白石さんの『ほかならぬ人へ』は表題作と、「かけがえのない人へ」の中編2本を収めた恋愛小説集。「現代の若い人の夢は、たった1人の配偶者を見つけることではないか。そこを踏まえて書き、一般通念とは違う視点を備えている」と宮城谷さんはその魅力を読み解く。2本のうち、「表題作の方の評価が圧倒的に高かった」とバランスの問題を指摘する場面もあったが、文体、構成力を評価し、「文章力の勝利です」と説明した】(毎日新聞1月18日夕刊)
これで見ると、私の視点は「一般通念」なのでしょうね。もっと精進せねば。ちなみに表題作よりやや落ちると評価されているらしい同時収録作の「かけがえのない人へ」の方は、社内に婚約者がいながら元上司とSMまがいの激しいセックスに耽る女性が主人公のお話でした。これなんかも私は、「そんな男より俺とのセックスの方がいいんだろう、ああん?」と言いたげな男の素敵な妄想が投影された小説として読んでしまい、自らの心の卑しさを嘆いたものであった。そうやって読んだほうがおもしろいとは思うんだけどね。
二作併せての総合評価は☆☆。ファンの方には申し訳ない。私には合いませんでした。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |