もう一つの受賞作『廃墟に乞う』の作者・佐々木譲は、〈北海道警〉シリーズや大作『警官の血』(新潮社)などの警察小説によってミステリーファンから支持されている作家だ。『廃墟に乞う』も大別すれば警察小説に分類されるのだが、正攻法の作品ではない。主人公の仙道孝司は北海道警本部の捜査一課に属する刑事だが、ある事件の体験が元で心を病み、休職中である。その仙道が、知人からの依頼を受け、非公式な立場で事件捜査に関わるというのが収録作六話に共通する設定だ。警察小説ではあるけれど、私立探偵小説の要素が加わった小説と考えていただくと判りやすい。古参のミステリーファンは、タッカー・コウ『刑事くずれ』(ハヤカワ・ミステリ)などを思い浮かべましょう。
正直に申し上げれば、佐々木作品の中では並の出来である。なにしろ前年に『警官の血』があるんだもんなあ。また佐々木には、道警本部から地方の駐在所に左遷された警官・川久保篤を主人公にした、これまた変則的な警察小説があり、それとの比較をするとどうしても点を割り引かざるをえなくなってしまう。川久保篤シリーズというのはつまり、ダシール・ハメット「新任保安官」だ。あれは成り行きから保安官に任命された名無しの探偵コンティネンタル・オプが西部の町の無法に相対する話である。大自然の中で孤立した状態で、かつ法によって統治する力も薄れている。そうした不利な状況下で、いかに自分が信じる正義を貫けるか、というウェスタンとハードボイルド小説のいいところを合体させた好シリーズなのですね。
それほどの突出した魅力はないのだが、『廃墟に乞う』には一つ、無視することができない美点がある。それは、経済環境の悪化によって荒廃しつつある過疎の地の現状が、作中で語られる事件と骨がらみに結びついて語られている点である。たとえば表題作は、更生できずに罪を重ねてしまう男を仙道が哀しく見守る話だ。犯行を繰り返す古川という男の、炭鉱の町で育ったという悲惨な生い立ちを描くのが、この短篇の主眼なのである。彼の母親は、食うに困ってわが子をダムに投げこんで殺そうとしたという。こうした状況を、佐々木は冷静な筆致で描いていくのだ。荒涼とした自然の描写が、心象風景として巧く機能している点も見逃せない。写実描写の手法を用いた、ハードボイルド小説の正統に連なる佳品として本書を読むことをお薦めしたい。見かけの派手さはないが、物語に厚みがあり、重みがある。小説を読んだ、という満腹感を味わえるはずだ。読者はここから『五稜郭残党伝』(集英社文庫・残念ながら現在絶版)などの歴史ロマンへと進んでいくことも可。佐々木小説の入門書としては絶好の書なのである。
公平を期すために、こちらも選考会当日のコメント、および翌日の講評を記載しておく。出典はいずれも前出と同じだ。
まず当日の分。
【佐々木作品の受賞理由について、宮城谷さんは「小説の破綻(はたん)のなさ。読み終えたあと、何となしによかったと思わせる。そこにこの作品の持つ良さが表れている」とたたえた】
これが翌日評。
【宮城谷さんは「(以前候補になった)『警官の血』が力作だったのに落ちた余韻があったことに加え、長いキャリア、小説の習熟度が高かった」と評価のポイントを説明した】
やはりこれまでの作品との併せ技という評だよね。佐々木作品としての評価は☆☆☆だ。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
まあまあ | ☆☆☆ |
あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |