ドン・ウィンズロウ。記憶の片隅に残っている名前だが、しばらく像を結ばなかった。が、そうそう、『ストリート・キッズ』、減らず口のくせにシャイ、本当にストリートキッズ上がりの探偵ニール・ケアリーシリーズの産みの親じゃないか。……にしては、のっけから老若男女19人も処刑されて、ずいぶん血なまぐさいシーンで帰ってきたなあと思うのだけれど。
主人公は、メキシコからアメリカになだれ込む麻薬撲滅に単身立ち向かうDEA(麻薬取締局)捜査官、ベトナム帰りのアート・ケラー。白人の父とメキシコ人の母の間に生まれ、ヒスパニック居住区で育ったアートは、生まれながらに見捨てられた血筋の持ち主だ。事実、実の父にも捨てられて、ある教訓を胸に生きるしかなかった。YOYO、すなわちユーア・オン・ユア・オウン(自分の道は自分で拓け)。家族に恵まれない身の上と、どんなに堕ちてぼろぼろになろうとも高潔な魂と情熱を失わないアート。どこかニール・ケアリーと、へその緒がつながっている気がしてしまう。
メキシコ・シナロア州に派遣されたアートは、職務に精を出すつもりだったが、腐敗しきったその地では孤立無援。最初から苦戦を強いられる。ボクシングジムで持ち前の度胸と機転を示し、アダンとラウルというのちにラテンアメリカの麻薬カルテルの重鎮になるバレーラ兄弟と意気投合したアート。その縁で、シナロア州警察官であり、州指折りの顔役・叔父貴ミゲル・アンヘラ・バレーラと知り合う。つかの間、バレーラの手引きもあってアートは麻薬取り締まりに目覚ましい活躍を見せるのだが、すぐさまある裏切りの場面を目の当たりにする。「コンドル作戦」+α。瞬間的にすべてを理解したアートは、それでも麻薬元締めの死が犯罪撲滅の一歩になると信じていたのだが、実は新たな流通ルート拡大の布石に過ぎなかった……。
国境という途方もない価値を持つ売り物を、国家ぐるみで貸与している状況にめまいがする。本当の巨悪とは何なのかを考えると、絶望に胸が塞がれる思いだ。
やがてアートは、自分の中に眠る「犬の力」を自覚する。犬の力とは、聖書から取った言葉で、邪悪な途方もないエネルギーというような意味らしい。犬の力は、麻薬犯罪を牛耳る側にも備わっている。それぞれが犬の力を引っさげて、正義と悪のねじ伏せ合いが描かれていく。1シーンの隙も、無駄もなく。興奮します、本当に。
裏切りと欲望、狂気のサーガという展開だが、小気味いい会話と語りのうまさは、ますます磨かれている感がある。
アートやアダンなど主役級の男たちのカッコよさも飛び抜けているが、脇役もそれぞれ味があって、誰に感情移入するか迷うほど。女性なら、熱い思いを秘めたアートはもちろん、ノーラという娼婦に尽くすカランにもほだされるのではないだろうか。
登場人物は、ほとんどオジサンなのだが、それにしても、オジサンってこんなに熱い生き物でしたっけ? 欲望にただれていて、ちっとも枯れてない。
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