世阿弥の能楽論『風姿花伝』からタイトルを採った時代ミステリーの三部作が、『道絶えずば、また』で完結した。現代の歌舞伎では役者の襲名披露が人気だが、子供が家業を継ぐのが当たり前だった江戸時代には、襲名披露よりも一世一代(引退興行)が人気を集めていた。本書はシリーズの一世一代だけに、これまでの登場人物が総出演する豪華な内容になっている。ストーリーは独立しているので本書から読み始めても問題ないが、第一作『非道、行ずべからず』(集英社文庫)で陰惨な事件の原因になった三代目荻野沢之丞の後継者争いが再燃したり、第二作『家、家にあらず』(集英社文庫)で探偵役を勤めた瑞枝が、物語のキーマンとして登場したりするので、やはり事前に前二作を読んでおくことをお勧めしたい。
ついに引退を決意した荻野沢之丞が、一世一代の舞台で奈落に落ちて死亡した。沢之丞には実子だが芸に不安のある市之介と、養子ながら才能ある宇源次の二人の息子がいるが、どちらに名跡を譲るかを言い残さなかったため、後継者問題が勃発。その渦中、宇源次に事故の責任を追及された大道具の甚兵衛が、自殺する事件までが起きてしまう。
北町同心の薗部理市郎が事件を調べると、甚兵衛は絞殺された後に吊るされたことが判明。さらに水死体で発見された大工と勘兵衛が、共に谷中の感王寺に出入りしていたことも分かってくる。寺社奉行の管轄のため捜査ができない理市郎は、感王寺で精神修養をしていた宇源次に捜査を依頼。やがて大奥をめぐるスキャンダルが浮かび上がってくる。
今回は奈落で起こった事件が発端になっているだけに、当時の大道具や観客を驚かせるために施された舞台装置の仕掛けなども詳細に描かれている。歌舞伎の専門家が徹底した時代考証を施しているので、よほどの歌舞伎マニアでも新たな発見が多いはずだ。ただミステリーの謎解きは前二作と比べると小粒だし、江戸の歴史に詳しければ、感王寺の名前が出てきた時点で、先の展開が予測できることも否定しない。
だが、これらは決してマイナスにはなっていない。
現代と異なり、役者は肉親というだけでは名跡は継げず、観客や勧進元を納得させるだけの芸を持っていることが要求された。沢之丞の後継者の座を、実子と養子が争うのもそのためである。これに対して武家は、血縁を重視し、本人が無能でも将軍や名家の子孫ならば一定の権力を持つことができた。家が持つ既得権を維持する装置が大奥であり、そこに入った女性は人権など認められず、ただ子供を産む機械になるしかなかった。
本書は後継者に対して対照的な考えを持つ役者と武家を並べることで、時に個人を抑圧することもある“家”とは何かを問い掛けている。家の偏重は封建時代の特殊事情ではなく、夫婦別姓をめぐって個人の自由を許すべきか、家族という伝統を守るべきかが議論されていることからも分かるように、現代人の問題でもある。その意味で、本書は歌舞伎界と大奥を巻き込んだ大事件を通して、現代の世相を写し取っているのである——と難しく考えなくても、本書のテーマは最近の世襲議員の是非に通じるものがあるので、タイムリーかもしれない。
才能はあるのにどこか世をすねていた宇源次だが、感王寺での修行や理市郎から頼まれた困難な任務を遂行することで、少しづつ成長していく。色と欲が渦巻くグロテスクな事件を宇源次が相対化してくれるのは嬉しいが、やはり謎解きに前二作ほどの意外性がなかったことと、肝心の沢之丞の名跡争いが、宇源次が積み重ねた努力とは別のところで決着するラストがやや肩透かしを食った観もあるので、星半分を減じて☆☆☆☆★。
とてもおすすめ | ☆☆☆☆☆ |
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おすすめ | ☆☆☆☆ |
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あまりおすすめできない | ☆☆ |
これは困った | ☆ |