高城高は、大藪春彦、河野典生と共に、日本のハードボイルド小説の基礎を築いたが、兼業作家だったこともあって、一九七〇年代以降はその名を目にすることもなくなっていた。ところが二〇〇六年に仙台の出版社・荒蝦夷が『X橋付近 高城高ハードボイルド傑作選』を刊行、二〇〇八年には全四巻の『高城高全集』(創元推理文庫)が編纂され、完全復活を遂げた。『函館水上警察』は、全集刊行と平行して「ミステリーズ」に連載された作品をまとめた待望の新刊である。
物語の舞台は明治二四年の函館。幕末に日本初の国際貿易港として開港した函館は、多くの外国船が入港する国際都市だった。函館港内を管轄とするのが函館水上警察署で、総勢三〇人の小さな所帯ながら、外国語に堪能な優秀な警察官、捜査用の小蒸気船や端艇(カッター)を備えていた。近代の黎明期らしく、当時の函館はイギリスの最新軍艦と日本古来の弁才船、民間業者に払い下げられた元ガンボートのスクーネル(帆船)が混在。これらの船が事件の現場になることも多く、緻密な描写とイラストで往年の船舶が再現されているところは、船好きにはこたえられないだろう。
主人公の五条文也警部は駐米公使だった父を頼って渡米するものの、アメリカの大学に馴染めずドロップアウト。サクラメントで酒場の用心棒をしながら、主人にフェンシングを仕込まれた変わった経歴の持ち主。五条警部のモデルは、一九二〇年にアメリカに留学するもののすぐに中退、様々な職業を転々としながら全米をめぐった函館育ちの作家・牧逸馬(別名・林不忘、谷譲次)のようにも思える。それはさておき、函館は地味井平造のペンネームで幻想小説を書いたことでも知られる西洋画家・長谷川りん二郎(牧逸馬の実弟)、ロシア文学者の長谷川四郎(やはり牧逸馬の実弟)、探偵作家の久生十蘭を生み出した土地だが、本書を読むと、函館がモダニスト作家を輩出した理由もよく分かる。
第一話「密漁船アークテック号」では、英国のラッコ密漁船(といっても船長は密漁を認めていないが)で水夫長が射殺される事件が描かれるが、当時は不平等条約が改正される以前で、日本の警察には、外国人犯罪を取締ることも、外国船への強制捜査も出来なかった。そのため五条警部は、自国民保護を理由に英国領事が入れてくる横やりに悩まされることになる。ただ、この捜査妨害が物語をよりスリリングにしていることは間違いなく、歴史的な事実を利用して、ハードボイルド小説らしい舞台を整えた手法は鮮やか。
外圧に逆らえない状況は、現代の米軍犯罪と日本警察の関係を思わせるので、決して過去の物語とは思えない。事件を捜査するうちに、欧米人がアレウト(アリューシャン列島の先住民)を差別している現実も浮かび上がってくるが、これも日本人がアイヌ民俗を差別したり、覇権国家が他民族を抑圧したりした歴史の象徴のように思え、異文化をどのように理解すべきかを考えさせられる。
五条警部は、沖仲仕の元締の抗争と英国水平脱走事件に追われる「水平の純情」、函館の有力者が集まる賭場で起こった殺人事件を追う「巴港兎会始末」を経て、「スクーネル船上の決闘」で、巧妙に逃れた水夫長殺しの犯人と対決する。彼は様々な制約を受けながらも最後まで正義を貫くだけに、その活躍もより痛快に思えるはずだ。
部下を適材適所に配置して難事件に挑み、犯罪者には容赦ないが、犯罪に巻き込まれて苦しむ人には救いの手を差し伸べる五条警部は、やはりハードボイルドタッチの池波正太郎『鬼平犯科帳』(文春文庫)のヒーロー長谷川平蔵を思わせる。函館の叙情と歴史、登場人物の魅力、謎解きの妙に人情、さらに海洋冒険小説の要素までが加わった本書は、ミステリーファンはもちろん、時代小説ファンも満足できる☆☆☆☆★。
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