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1Q84 BOOK1・2

私が知っているそのことについて、私は何も知らない、ということ。あるいは、私が何も知らないそのことについて、私は知っている、ということ。

村上春樹
新潮社小説] 国内
2009.05  版型:B6
>>書籍情報のページへ
レビュワー/北條一浩

『1Q84』は、この青豆という奇妙な姓の女性を主役にした奇数章と、もう1人、天吾という、代々木にある予備校の数学教師をしながら小説を書いている――その小説はまだ新人賞を取るには至っていないが目をかけている編集者がいる――そういう男を主役に据えた偶数章とが交互に進行し、「BOOK 1」「BOOK 2」と、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』よろしく各24章ずつから構成されている。2人はそれぞれ30歳を迎えようかという年齢で、互いに独立して進行するかに見える偶数章と奇数章はむろんシンクロし、2人の「関係」もほどなく明らかにされるのだが、この「2」人の関係、「1984年」と「1Q84年」という「2」つの世界、『1Q84』が「BOOK 1」「BOOK 2」と「2」冊での構成になっていること、そしてあの決定的な月(お月様のことです)のことなど、『1Q84』にはなにかと「2」が付いて回るのだが、しかしながらそれらは安定した対照関係には収まらない。

先週の「Friday新刊チェック」でいみじくも三浦天紗子さんが書かれているように、「1Q84年は1984年のパラレルワールドというわけではない」のだ(三浦さんのレビューには『1Q84』のストーリーが過不足なく的確に紹介されており、ここで筆者がヘタな要約をするより、どうぞそちらを参照してください)。

非対称な入れ子状態。というより、青豆の物語は、まさに天吾が書いた物語???

『1Q84』全体を覆っている不気味さ、奇妙なねじれ、規格外の感触は、『1Q84』の造本にも表れていて、筆者のように迂闊な人間の場合、本を読み進めながら「あれ? なんか手に持った“感じ”がいつもと違うなと思ったら、これ、四六版じゃないじゃん」という遅すぎる「気付き」となって表れるかもしれない。横幅も縦幅も微妙に四六版より大きいいこのサイズのズレは、実に『1Q84』的である。

『1Q84』においては、過去の村上作品をリファレンスしたくなる欲望を抑えるのは難しい。実際、『1Q84』を読み終えてすぐ、あれやこれやの村上作品を再読したくなった人は多いはずだ。基本的に村上春樹作品においては、「力」と「暴力」の間に差はない。「力」を「暴力」でないほうに腑分けするのは人間のはかない、しかし必死の所業であり、「力」はそもそも善悪の彼岸にある。なにかしらわれわれの生にとって決定的なことは常に隠されており、それらは「力」の顕現において、あたかも暗闇に落下した稲妻が見せる一瞬の街の表情のように、ごく限られた人間の身体を通路として、日常の中にその片鱗が見えるだけである。そのようなある種のパターンを、『1Q84』もまた、踏襲している。

村上作品の、特に長編において登場する人物はおよそ5種類に分類される、と思う。

(1)知性と高い実務能力を有するが、何らかの理由で精神に空白を持つ人間。
概ね、このタイプの人間が主人公になる。
(2)社会的な弱者ないしは不具者であり、同時に特殊能力を持つ人。
(3)悪ないしは闇に通じる力を行使する人。
(4)特別な能力を持っていないが、過去に「何か」があり、その経験が現在のその人の悲しみや落ち着きをもたらしている人。多くは老齢の者。
(5)子供(多くは女の子)

ここから導き出されること。普段、遊び半分に私が勝手に呼んでいることなのだが、村上春樹作品をもし10文字以内で定義するなら、それは「ダメ人間の不在」となる。

ダメ人間の不在。(1)~(5)を今一度見ていただきたいのだが、ここにダメ人間は存在する余地がない。つまり、いい歳をしながら、さしたる能力も持たず、現実にそこそこ満足、そこそこ不満といったパッとしない人間は村上春樹作品では決して存在しない。なぜか。

それは、村上作品の多くの登場人物たちが、皆何らかの形で欠損を抱えているからである。ダメ人間というのはいうならば、存在全体がゆるやかな欠損そのもの、なのであって、対するに村上作品の多くの登場人物たちの場合、高い行動力、処理能力を有するが故に、抱え込んだ欠損の部分がひときわ目立ち、それこそ深い井戸を体内に宿したような存在として立ち現れる。

で、ここから話をさらに進めると、それではその「ゆるやかな欠損」と「深い井戸のような欠損」の違いをもたらしているものかなにか、ということになる。

それは歴史である。

と、筆者は考える。おそらく、『ねじまき鳥クロニクル』以前の長編と以降のそれを比較した場合、村上春樹という作家は、「歴史」のほうに大きく舵を切ったと思われる。ダメ人間というのは、その人自身がダメであるということと同時に、それは現在という時間を生き延びるための一つの方法である。つまり、決定的な痛手を被らないための防衛策なのだ。
だから極端にいうとそこには「現在」しかない。対するに村上作品の、そして『1Q84』の登場人物たちにとっては、身体はけっして自分の身体ではなく(本当はダメ人間の身体だってそうなのだが)、いわばそこは「歴史」が姿を現す場所なのであり、だからこそ「歴史」という大きなものが一個人の身体を通ってやってくるのだから、そこには大きな苦痛が伴うことになる。むろん、ダメ人間にそんな事態が耐えられるわけがない。

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