「フロスト」シリーズはいわゆる警察小説、刑事モノである。このジャンルは古今東西を問わず、激戦区である。国内では、松本清張や鮎川哲也、横山秀夫、最近では佐々木譲や今野敏……、海外ではエド・マクベイン、パトリシア・コーンウェル、ヘニング・マンケルと、枚挙にいとまがないほど作家名が次々と浮かんでくる。その中でイチオシを挙げるとすれば……いやいや、イチオシ作品を軽々しく挙げることなどとてもできないジャンルだ。
では何故今回この創元推理文庫5daysに当たってR.D.ウィングフィールド作の「フロスト」シリーズをとりあげるのか。
それは、この強者ぞろいの警察小説の中にあって、老若男女誰もが気軽に楽しめるであろうエンターテインメント性の非常に高い作品として、自信を持って太鼓判を押せるからだ。
一口に警察小説と言っても、推理小説として楽しむものもあれば、刑事たちの人間性にスポットをあてたもの、あるいは官僚機構の中での刑事たちの確執を描いたシリアスな作品などなど、その裾野は広い。「フロスト」シリーズは、いわばこれらのメニューを程よく詰め込んだ、いいとこどりの警察小説と言えようか。恨みを晴らしたり、悪を叩くといったストーリーの小説では、少々読むのがつらくなる部分が必ずあるものだが、「フロスト」シリーズでは、多分そのような場面には出くわす心配はない。
主人公のジャック・フロストはイギリス、ロンドンから70マイル(約110キロメートル)ほど離れたデントン(架空の町)という、大都市でも風光明媚な土地柄でもない、中途半端な町の警察に勤務する警部。薄汚いマフラーを首に巻き、たばこの灰をところかまわず落として歩きまわる。しかし、それが犯人や読者をあざむくための仮の姿だとしたら「刑事コロンボ」になってしまうが、フロストはシリーズを通して、終始一貫エッチでえげつないただの中年オヤジなのだ。事務処理脳力も皆無。
ちなみに「刑事コロンボ」シリーズは1968年にスタートしているので、ウィングフィールドがコロンボを意識した可能性が全くないとは言えないかもしれないが、少なくとも「フロスト」シリーズは犯人が最初から明らかにされている、いわゆる倒叙ミステリーではない。
そのフロストが、次々と起こる難事件に中途半端に首を突っ込んで、にっちもさっちもいかなくなりながらも、なんとか解決に持ち込んでいくというのが、毎回おなじみのストーリーだ。
1作目の『クリスマスのフロスト』では少女失踪事件を皮切りに、浮浪者凍死事件や宝石店強盗事件、32年前の現金輸送車強盗事件など、フロストも読者も息つくひまもなく、新たな展開に巻き込まれていく。2作目の『フロスト日和』でも公衆便所に浮かんだ浮浪者の死体、森の連続婦女暴行魔、老人のひき逃げなど、事件がてんこ盛り。これは3作目『夜のフロスト』、4作目の『フロスト気質』でも同様だ。このあわただしいストーリー展開で、読者をぐんぐん引き込んでいく。
海外小説の場合、ストーリーにとけ込んでいくのに時間のかかる、ちょっと苦労する作品が多いが、このシリーズに限っては全くそのような心配はいらない。50ページほど読み進むうちに、逆に止められなくなってしまうこと請け合いだ。
このシリーズのもうひとつのおもしろさは、こんなにたくさん発生する事件の謎解きのひとつひとつが良質に仕上げられていて、読者を十分満足させてくれることである。さり気ない伏線が、あちらこちらに散りばめられているので、うっかりできない。
脇役陣もじつにうまくはまっている。まずは出世欲のかたまりで、規則にきびしいマレット署長。当然、フロストを蛇蝎のように嫌っている。マレット署長とそりの合わないフロストとの会話はいつもはハラハラドキドキだ。例えば第2作『フロスト日和』の491ページ。
「こちらのご婦人は性的暴力を受けたそうだ」マレットが言った。
「そりゃ、めでたい」とフロストは言った。
すごい! とても署長と部下とは思えない会話だ。この署長は全シリーズに登場し、毎回フロストの仇役として読者を楽しませてくれる。
出番は少ないが、同じくフロストの天敵であるアレン警部も名脇役。1作目の少女失踪事件の捜査会議で、少女の母親は売春婦? との質問に「子どもを発見した者はおそらく、母親から相応のもてなしを受けられると思う」と真顔で答えるシーンには思わずニヤリとさせられる。
第1作に登場するバーナード巡査も捨てがたいキャラクターの持ち主だ。彼は警察長の甥っ子で、ロンドンからデントンに着任したばかりという設定。見習いのような形でフロストの下に就くのだが、最初は田舎警察の中年警部に引っかき回されて少々くさり気味。しかし婦人警官を着任早々部屋に連れ込んでしまうなかなかどうして、したたか者。
こう書いてしまうと、まるでセクハラのオンパレードで、女性読者には毛嫌いされそうだが、けっしてそんなことはありません。うちのカミさん、コロンボよりも、さらにヨレヨレで小汚いフロストが大好きです。