物語は、コーリーの交際相手が黒人であることを突いたネガティブ・キャンペーンを陰から操るなど、マロッタ陣営が汚いやり口で次第にコーリーを貶めていく様が描かれる。やがてボブ・クリスティにもその刃は向けられる。コーリーとクリスティはそれぞれに対抗手段をとり、致命的なダメージは受けないのだが、このままではいずれの陣営も有効投票数を得られそうにない。そこでコーリーがおこなったある決断とは――ここから先は、実際に本書をお読みになって確認して欲しい。
なお、選挙戦の過程において、弟や失敗した結婚生活についてのコーリーの述懐や、現在進行形で進むコーリーとレキシーの恋愛模様が非常に印象的に描かれていることにも触れておかねばならないだろう。これによって、人間ドラマとしての深みがぐっと増しているのだ。
2009年1月、アメリカ合衆国大統領に就任した男、バラク・オバマはご存知の通り黒人であった。彼は民主党の候補者であったとはいえ、現に今、アメリカは「恋人が黒人の白人」どころか「黒人」その人を大統領に選ぶ国になっている。2007年に発表された本書『野望への階段』は、この点に限っては既に現実に追い抜かれたのかも知れない。しかし、オバマ大統領が就任したところで、人種差別がアメリカ社会から払拭されたわけではない。民主党においてはともかく、共和党において候補者が黒人または黒人と付き合っているならば、このようなネガティブ・キャンペーンが張られることはまだ十分にリアリティのある事項なのだ。そして、人種問題以外にも、本書は様々な未解決の問題を扱っている。本書はまだまだ「現役」といえるだろう。
さて娯楽小説として注目したいのは、現代アメリカが直面する財政問題や国際情勢などにはほとんど焦点が当てられていない点にある。その代わり本書でクローズアップされるのは、先述の各種問題である。これらは国際政治や経済問題(2007年当時はまだリーマン・ショックが起きていなかったことには注意して欲しい)とは異なり、読者にとってより身近な問題であり、感情移入が容易なテーマといえるだろう。また、残念ながら恐らく今後もずっと問題であり続けるテーマでもあって時事ネタではないため、小説が発表年代に縛られず、より永い寿命を保てるというメリットもある。
というわけで、オバマ大統領誕生という事実に負けた側面もあるが、小説としての面白さもまだまだ十分に備えた力作である。パタースンの新作が、今回もまた強くおすすめできる作品であることを、喜びとともにご報告申し上げたい。