このように岸惠子という人は、個性あふれるアプレガールであり、パリマダムであり、昭和屈指の国際派。政治に興味を持ち、芸術に興味を持ち、そして、何よりも人間に興味を持つ、世界に誇れる日本人なのであります。
そんな、彼女のパリのアパルトマンでの煙事件の項では、日本とフランスのお国柄の違いによる住民トラブルが描かれており、大変興味深く読みました。
フランスは、何をするにも法律と公式文書の国なのだそうです。そこで、仕事で欠席を余儀なくされたアパルトマン共同体の寄り合いで決まった煙事件の決議文に講義すべく彼女が公証人を訪ねる件(くだり)は、感情むき出しの岸惠子に出会え、又、それが、とてもチャーミングなのであります。
さながら任侠映画のクライマックス、月光を浴びて一人ゆく高倉健さんの気分で、耐えた末、滾(たぎ)る怒りを胸に秘め、ヒ首(あいくち)ならぬ、売買契約書をフトコロに呑んで、セーヌ河中洲のサン・ルイ島から、ノートルダム寺院のうしろ姿を眺めるには絶好といわれるトゥルネル橋を駆け渡り、パリ左岸にある公証人の事務所になだれこむ……。
そんな、鉄火肌で理不尽と渡り合う姿が、とてもリアルに描かれています。
私が好きだった彼女の映画は、斉藤耕一監督作品『約束』の他では、池部良が共演した豊田四郎監督作品『雪国』、市川崑監督作品の『おとうと』、『かあちゃん』など。テレビドラマでは、『母とママと、私。―10年目の再会―』(テレビ朝日、2007年、共演:夏川結衣)が印象に残っています。1963年 、1人娘のデルフィーヌ=麻衣子・シャンピ(Delphine Ciampi)を出産。しかし、1975年にイヴ・シャンピ監督と離婚。娘・デルフィーヌは彼女が女手一つで育て、現在も女優として、文筆家として、その才を欲しいままにしています。
この酸いも甘いも噛み分けた、国際人間・岸惠子さんの30年間の12の物語。どの作品も読む者の心を捉えて離さない素晴らしい感性に溢れています。
ところで、彼女、今回の俳優エッセイ特集の1人、高倉健さんとの共演作品は一本もなかったと記憶しています。そこで、ぜひとも2人で、世界を股に掛けた素敵な老いのロマンなど演じて貰えたらと思ってやみません。これからでも、遅くはないので…。