本書は講義録であり、そこに記録されている発言は臨場感たっぷりだ。そこがいい。
元・中国新聞記者の碓井は、宮本の笑顔の素晴らしさについて語る。
「しかし、妻子を島に残し、旅に明け暮れる生活が、決して笑顔ばかりの世界ではないことは容易に想像できます。事実、いつ再発するかもしれない結核を恐れ、旅の身空の寂寥感を埋める出会いと相克がある」と指摘。いい意味でのコンプレックスとヒューマニズムがないと、良きノンフィクションは書けないと説く本多勝一に賛意を示し、その好例として宮本をあげる。
前述の佐野は、近年の日本人のたくましさ、バイタリティの欠如を心配する。周防大島はハワイ移民の島だ。獲物を追って小舟で済州島にも渡って行った。平気で国境を超えてしまう野放図さ、図々しさ。この種の自由の精神がないと、日本人全体が暗く寂しいものを抱え込んでしまうのではないかと佐野は憂う。
豊かさとは不思議なものだ。衣食住が最低限、保証された社会が実現すると、引きこもりや自殺者が急増する。豊かさは、生きる意欲の減退を招くものなのか。「ボツボツやりゃええんじゃ。あせらず、くさらず、あきらめずじゃよ」。本書からは、宮本のつぶやきが聞こえてくるようだ。
最後に、本書を出版した、神戸の志高い出版社「みずのわ出版」について紹介させいただく。
みずのわ出版は創業12年目。編集部は神戸市のマンションの一室。社員は代表の柳原一徳さん以下、2名。柳原さんは奈良新聞の記者をへて起業。
本書以外にも好著が多い。『江の川物語 川漁師聞書』『あるシマンチュウの肖像 奄美から神戸へ、そして阪神大震災』『神戸・ユダヤ人難民 1940-1941 「修正」される戦時下日本の猶太人対策』と、地域に根ざした出版物を刊行。かつて「九州の講談社」と称された葦書房(福岡市)を髣髴(ほうふつ)させる志が、神戸に健在だ。
東京の書店にも、営業に行きたい。しかし、先立つものが乏しい。経営は火の車。柳原さんは、そう言っていたけど、最近どうしているんだろう。と思っていたら柳原さんから電話がきた。「青春18切符で上京。ようやく書店さんに挨拶できました」。次回はいつ来れるかなと、大垣行きの夜行列車で帰っていった。
出版は志の業。それを地でいく出版社があり、瀬戸内海の島に、あせらず、くさらず、あきらめない人びとがいるという事実が、我われを励ましてくれる。