確率論から導き出される自由意志――そんなものがありえるのだろうか。もしかしたら、私たちは自分で思うほど、自分の頭でものを考えていないのかもしれない。そうでなければ、すべてのこの世のしがらみから逃れるために「死」を選ぶのに、わざわざそこで他人のまねをしなければならない理由が見つからない。
さて、前置きが長くなってしまった。この物語の主人公・ベロニカは、薬物自殺を図ったが死にきれず、精神病院に収容された24歳の女性である。不自由のない生活を送るための定職に就くだけの教養があり、ベッドで愛を交わすボーイフレンドを見つけられる美しさもあった。そして、十分に若かった。だが、彼女にはすべてがありきたりだった。同じことを繰り返しているうちに若さは失われ、ただ皺だけが増えていく。そんな未来に怖気立ち、「死ぬことにした」のである。
担ぎ込まれた精神病院で意識を取り戻したベロニカは、ひどく落胆した。このまま普通に仕事に戻り、普通に恋愛し、普通に結婚して子どもを産み、夫の浮気も普通のことだと慣れてしまい、普通の中年女の例に漏れず肥え太ってゆく……彼女には手に取るように自分の人生が見通せた。
彼女は焦った。時が心を萎えさせる前に、早く体力を回復して今度こそ自殺を成し遂げなければならない。
だが、思いがけないことが起こった。精神病院の医師がベロニカに「余命1週間」と告げたのだ。服用した薬物による昏睡状態が、彼女の心臓に回復不能のダメージを与えたのだという。彼女は「死」をただ待つことに恐怖を感じ始めた。ベロニカにとって、死は自ら選び取るものであって、だから「死ぬことにした」はずなのだ。ただ反復されるだけの日常にあって、これまで体験したことがない「違った生き方」として、である。
灰色に塗り込められた人生だと思っていたのに、死という完全な「黒」を見せつけられた瞬間、色のない世界にもコントラストが生まれた。命に時間軸が与えられ、脈打ち始めたのである。ベロニカはずっと「人生でしたいことをほとんどやり遂げた」と思っていた。だが、それは例えば両親が自分に望むであろうと思った人生であり、つまり彼女は「他人の人生」を生きていた。それに気づいたベロニカは「本当にやりたいこと」を探し始める。しかし、残された時間はあまりにも短い……。