ところが、人々はにわかには信じない。世紀の名画、それも鑑定士お墨付きの作品が贋作だなんて。
そこでメーヘレンは自分が贋作者であることを証明するために、衆人環視の法廷で、《最後の晩餐》を彷彿させる「寺院で教えを授ける幼いキリスト」という一枚を描き上げるのだ。そうして彼自身がフェルメール贋作の力量を持つ者であることの証を立てたにもかかわらず、一部の評論家たちはなおも《エマオの食事》や《最後の晩餐》をフェルメールの真作だと主張してやまなかった。そもそも、《エマオの食事》を新出のフェルメール作品だと鑑定したのは、ブレディウスという、当時フェルメールの専門家として一目置かれていた人物なのだ。
ちなみに、本書にはその図版が載っている。なるほど、シロウト目にもフェルメールの作品とは違うとわかるけれど、まったく別の作品と考えれば、メーヘレン作品はそれはそれで充分に美しい。芸術品の真の価値と権威に寄りかかる人々、そこでやりとりされる金額の多寡。その迷宮を覗き見る思いがして、実に面白い。
ところで、この見事な犯罪が一旦は成立したのは、メーヘレンの傑出した才能と、いかに真作に近づけるかという彼なりの芸術家魂の賜物だという点が皮肉だ。
メーヘレンは、変わりつつあった美術の新たな潮流を軽蔑すらしていて、ピカソなど〈子供の仕事〉だと斬って捨てる。しかも、いざとなればメーヘレンは、ホームパーティの客人の目の前で、ピカソの《ある女の頭部》をわずか20分でパスティーシュできるほどの腕前の持ち主だった。彼はいわば、生まれてくる時代を間違えた天才画家だったのかもしれない。
贋作、しかも模写ではなく、新作の偽フェルメールを作り上げるために、メーヘレンは17世紀に使われていた顔料を自分で調合したし、名もない17世紀絵画を買い叩き、絵の具を削り取って、“17世紀の本物のキャンバス”を用意した。
17世紀絵画の特徴である絵の具が乾いてできる独特の亀裂を、科学的に作り上げる技法まで習得した。17世紀絵画への造詣の深さ、描きたいものをきちんと描き上げる画家としての熱意、科学者顔負けの理科的知識。どれをとっても脱帽である。
鮮やかな手口で世間を煙に巻いた犯罪者が、やがて告発されるとき、人々はちょっぴりの敬意を込めて、「その情熱を別のことに使ったらよかったのに」と口々に言い合う。
本書も読後、メーヘレンに「あなたは才能の使い方を間違ったよ」と言葉をかけてあげたくなるくらいだが、その場合はこれほど有名な画家になれたかどうか疑問だ。絵の価値は絶えず流動する。生前は認められなかったのに、死後、天文学的数字の価値を叩き出す画家はいくらでもいる。
メーヘレンの復讐ともいえる贋作騒動は、「私の絵を認めてくれ、才能を活用させてくれ」という、どこまでも浮かばれない芸術家の声なき叫びを聞くようで、複雑な気もするのである。