美術品、とりわけ名画はそれがまとう優雅な雰囲気とは裏腹に、盗難や闇取引などの“犯罪”と相性がいいという不名誉を背負っている。
ムンクの「叫び」は(盗まれたバージョンはいろいろだが)世界でいちばん多く盗難に遭っている作品だし、1974年にイギリスとダブリンで続けて起きたフェルメールを含む美術品窃盗事件では、のちにIRA活動家たちの身柄移送が要求されたのだが、その人質となっていたのが盗まれた名画だった。
そんなアート絡みの犯罪で、たびたび研究者や評論家、愛好家たちを悩ますのが贋作である。美術市場に出回っている絵画の4割は贋作だという風評もあるくらいで、美術犯罪としてはかなりポピュラーな事件。本書が追うのは、日本人が愛してやまない画家のひとり、フェルメールをめぐる、美術史上最悪の贋作事件の顛末だ。
歴史上もっとも有名な贋作者のひとりとなったハン・ファン・メーヘレン。彼がなぜ贋作制作という犯罪に手を染めるようになったのか。彼の生い立ちや動機、制作の労苦。そして、贋作が真作の衣をまとうまでのプロセス、犯罪が暴かれてもなおにわかには信じがたい真贋の別……。
著者のフランク・ウインは、それらを、ドラマティックなミステリー小説を思わせる筆致で書き進めていく。美術品の犯罪ノンフィクションの傑作『盗まれたフェルメール』(朽木ゆり子著)『闇に消える美術品』(エマニュエル・ド・ルー著)『ムンクを追え!』(エドワード・ドルニック著)などに匹敵するスリリングな面白さである。
メーヘレンの贋作事件が明るみになったのは、ドイツ・ナチス党の実力者だったゲーリング元帥のコレクションの1枚《姦通の女》が押収されたことに端を発する。《姦通の女》はオランダの至宝フェルメールの作品だとされていたため、売り渡した人間は売国奴として死刑に処せられるのである。
捜査線上に浮かんだのが、メーヘレン。そこで彼は迷いに迷う。なぜならメーヘレンは、フェルメール作品の売却などという罪は犯していない。彼が手を出した犯罪は、贋作制作なのだ。
真実を語れば命は助かる。しかし、それと引き替えに、いまや名画として威風堂々と美術館に掛かっている自作の絵画はすべて処分されてしまう。絵を守るために沈黙を守るべきか、命を守るために贋作制作を白状すべきか。
メーヘレンは苦悩の果てに、告白する。ロッテルダムにあるフェルメールの《エマオのキリスト》に題材を取った《姦通の女》(現代の貨幣価値に換算すると3000万ドル近い額で落札されたと思われる)はもとより、ボイマンス美術館自慢の《エマオの食事》、ファン・ビューニンゲン・コレクションの《最後の晩餐》、デ・ホーホの《カード遊びをする人のいる室内》、アムステルダム国立美術館にある《キリストの足を洗う》など12点ほどの作品を、「全部、私が描いたんだ」と。