理想の育成度★★★★ 美脚フェチ度★★★ 身分差ロマンス度★★★★★
「マイ・フェア・レディ」を覚えていますか? オードリー・ヘプバーン主演で映画化されたミュージカル。もとネタは、バーナード・ショーの戯曲「ピグマリオン」。花売り娘のイライザが言語学の権威ヒギンズ教授のレッスンを受けて淑女(レディ)になるという、いわば理想の女を作る話です。日本でいえば光源氏と若紫。昔から男性は“夢の女”を作ることも夢中になっていたわけですが、では女性は? 理想の男を作りたくないですか?
というわけで、「マイ・フェア・レディ」の設定を逆転させたのが今回のお話。
時代は、ヴィクトリア女王下。ロンドンでねずみ捕りをして生計をたてている青年ミックに、怪しい双子の紳士が、「お金を出すから、女性言語学者で話し方と礼儀作法を教えているレディ・エドウィーナ・ボラッシュのレッスンを受けて、6週間後のアールズ公爵の舞踏会に、子爵として出ないか」と持ちかけてきます。双子の紳士、ラモント兄弟は、兄弟の間で、ミックの正体が舞踏会でバレないかどうか賭けをするからというのです。成功報酬として、ミックの1年間分の収入以上の金額を提示され、さらに長い脚のエドウィーナにも興味をそそられたミックは、依頼を引き受けます。エドウィーナのほうも、ミックのコックニイ訛りとコーンウォル地方の訛りが入り混じった珍しい話し方に言語学的な興味を覚え(ついでにミックの胸毛にも……)、さらに、因縁のあるアールズ公爵を騙せたらどんなに愉快だろうと、兄弟の話に乗ります。エドウィーナはもともと侯爵令嬢(祖父はアールズ公爵)でしたが、父親が亡くなり、女性には相続権がなかったために、親戚のザビアーに爵位と屋敷と財産を奪われて(次いで祖父が亡くなったのでザビアーは侯爵位に加えアールズ公爵も継いだ)、自活のために話し方と礼儀作法を教えているのでした。
それぞれの事情でレッスンは始まり、ミックはエドウィーナの屋敷に同居することに。背が高く(靴をはくと6フィート、つまり180センチ近くある)メガネをかけたエドウィーナは、自分が美人でないと思って、いつも大きな帽子を被っていますが、ミックから見れば、赤みがかった輝く髪も、そばかすが金色に細かく散った白い肌も、大きな青い瞳も、細く高い鼻もとってもラブリー(ミックの発音で言うと<ルーブリー>)。そしてミックは、ねずみ捕りの格好をしていたときから、街の女や遊びたいご婦人にモテモテでしたが、お風呂に入り、汚れを落とした姿は、<女性から良識を奪い、それをこなごなにしてしまいそうな男性的な>ハンサム。エドウィーナよりもさらに背が高く、しなやかで優雅な、まさに貴族的な外見。
発音を強制するための音叉を握りながら、前の晩のふいのキスが、エドウィーナにとってのファースト・キスだったと知らされたミックは「ちきしょうめ、こんなに嬉しいことがあるか」と感嘆します。動揺したエドウィーナが思わず「『ちくしょう』ではなくて、こう言ってみて。『素晴らしい』」と口走ると、すかさずミックは「あなたは、素晴らしい」と正確な発音で応える。エドウィーナは、目の前に完璧な紳士がいる錯覚にとらわれます。<……いいえ、これこそが嘘なのよ。この偽者の子爵に騙されてはダメ>そう思おうとしても、彼女の心は音叉のように揺さぶられ続けるのでした。
夜中、お金のやりくに悩まされて、庭でこっそり水をやりながら歌を歌っていたエドウィーナの声に、重ねて歌う声が。ミックでした。エドウィーナは恥ずかしさのあまり逃げ出します。ミックは彼女が背負っているものに思いを馳せ、<なんて勇敢で強い女だ。そして、もろく壊れやすそうだ>と好意を抱きます。そして、レッスンを始める、つまり二人が出会う少し前、偶然ミックが仕立て屋で見かけた理想の脚の持ち主がエドウィーナではないかとわかり、脚フェチの彼は猛烈にそれを確かめたくて仕方がなくなります。
あんまり脚を見たがるミックに、エドウィーナは交換条件として、ヒゲを剃るなら(エドウィーナは彼女をどきまぎされる胸毛を連想させるミックのヒゲを剃りたくてしょうがない)、脚を見せてもよい、といいます。もちろん断ると思った上で。ところが、ミックは10分間、スカートをめくって、触らせてくれるなら、ヒゲ(ミックにとっては男の象徴)を落としてもいい、と条件を飲むのです。
ついては離れ、離れてはつき、次第に距離を縮めていく二人。ラモント兄弟の賭けに隠された真意とは? 約束の6週間が経ち、いよいよ舞踏会の幕が開きます。
「マイ・フェア・レディ」と違うのは、エドウィーナもまた、ミックの自由で力強い生き方や、話し方に惹かれ、だんだん自分を解放していくところ。数週間のレッスンの後、カフェテラスで、ミックが紳士に見えるかどうか試して勝利を収め、浮かれて大胆になった彼女は<あなたの、「ムスコ」を見せて>とミックにお願いします。「ムスコ」、という語感が気にいったもようです。しかし、彼らの間には、侯爵令嬢とねずみ捕りという、はっきりとした身分差があります。結婚なんてとてもできない。求め合って互いのためにならないのではないかという予感が、彼らの胸を塞ぎます。恋の喜びと苦しみの果てに、彼らが手にいれた勝利とは――?
本作は、1999年、全米ロマンス協会が主催する、その年もっとも素晴らしいロマンス小説に与えられる賞、RITA賞を受賞しています。理想の男とは、なにか。この本を読みながら想像してみるのも楽しいと思います。