湊かなえの『告白』を読み、今年のミステリー・エンタメ系の新人ナンバーワンかと思ったのも束の間、またしても瞠目すべき才能に出会った。真藤順丈のデビュー作であり第3回ダ・ヴィンチ文学大賞受賞作『地図男』が凄い。驚くべきことに真藤順丈は『庵堂三兄弟の聖職』で第15回日本ホラー小説大賞、『RANK』で第3回ポプラ社小説大賞特別賞も受賞。一体全体どうなっているのやら。とにかくえらいことになっている(らしい)。
それにしても、どこからこの発想が生まれてきたのだろう。「地図男」って、百科事典のようないかつい装幀の国土地理院発行・関東地域大判地図帖を持ち歩き、その該当の土地のところに、そこで起こった妄想譚を書いて書いて書きまくる奇妙な男のことだ。ほぼ全頁に書きこまれているが、それでは足りない。書きこみが入った無数の付箋が貼られ、さらに当然書きこみが入ったファーストフードの包装紙なんかも挟みこまれていて、もはやぴったりと閉じない。物語の舞台は移動するので、読むものは登場人物の行動の軌跡を追い、その該当の頁を捲らなくてはならない。矢印が引かれていることもあるが、どこにその続きが書かれているか、目を凝らして探さなくてはならないのだ。
なんというカオスに満ちた、ファットでヘビーな地図帖なのか。きっとあちこちが擦れて、ダメージもばっちりに違いない。僕は、大竹伸朗の、あのハードでゴワゴワでゴテゴテのスクラップ・ブックを思い出した。一頁捲るごとにズシリとした手応えのあるスクラップ・ブック、いや地図帖。そこにどんな文字でどんな物語が書きこまれているのか。まずは、この設定だけでも充分に存在感がある。だって捲ってみたいと思うでしょ。
そして、そこに書きこまれた物語がカッコいいんだな、これが。パンキッシュでドリーミーで、ときにラブリーで、ときに哀しい妄想譚。まるで劇中劇のように、その物語のいくつかも披露される。「地図男」が自らすすんで読んで聞かせてくれるのではなく、彼に取り憑かれたこの小説の語り手である「俺」が、どこかで移動中の「地図男」に出会い、物語を読むのだ。あらゆる土地のあらゆるロケーションに精通する「地図男」は、いつもどこかを彷徨い歩いている。そしてときに地図帖を開き、ぶつぶつと語り、語りながら地図帖にがりがりと書きこんでいる。「俺」は映画の助監督。しょっちゅう、ロケ地を探して、都内や関東近郊を車で走り回っている。そんなときに、「地図男」に出会うのだ。なるほどね、うまくできてる。
さて、その物語だけど、たとえば。
千葉県鎌ケ谷市生まれの音楽の天才児〈M〉の話。自分の能力に目覚めた〈M〉は、凡庸な両親から自立すべく、三歳にして、ミニストップ初富店前に停車したトラックの荷台へ飛び乗って家出する。初めて経験するトラックの揺れと流れる風景が、天才を真に目覚めさせた。オリジナル曲『うごくがっきのへや』を皮切りに、トラックが移動するにつれ、曲がどんどんできてしまう。もちろん〈M〉は最後には見つかってしまうのだけど、そのトラックの運転手が、果たしてどう対応したのかというところがミソ。これは読んでみてのお楽しみ。
もうひとつ。
東京都区部の夜の住人たちの地元愛と矜持が火花を散らす二十三区大会、があるんだな。区の代表者である〈プレイヤー〉同士が出会うと、対戦が決まる。対戦の内容が笑えます。オセロ、将棋、セブンブリッジなどのゲームだったり、縄跳び、トランポリンといったスポーツだったりするのだ。かといってお遊びではなくあくまで真剣勝負。さらに実際の対戦を行う〈代理人〉を、〈プレイヤー〉が区民のなかから用意するという設定が実に秀逸。そして〈プレイヤー〉のカラダに彫られた区章の刺青を賭けて行われるこの戦いは、都内のビルの谷間の空き地や廃ボーリング場で、夜な夜な繰り広げられているのだ。こんな妖しい戦いが二十三区対抗で行われているという、イマジネーション全開のこの落差が見事!
「地図男」は、プラス方向であれ、マイナス方向であれ、いずれにしても規格をはみ出した人間たちの物語を書く。それぞれ、どこかで真っ当に評価してほしい、やがて救いのときがやってきてほしいという願いを込めて。
そこで語り手の「俺」も、そして読者も当然思うだろう。じゃあ、もっとも規格外の人間である「地図男」は、なんのために、そもそも社会に発表しようなどとは露ほども思っていないであろう、これらの膨大な物語を書き続けるのか。その答えは、もちろん、読んでもらうしかない。(ただし僕は、ここのところがちょっと不満だ。マンガやゲームの感覚との親和性を隠さないこの小説であるが、ヴァーチャルなニュアンスの強いこの結論が、果たして相応しかったのかどうか、という疑問は拭えない。)
さて、この『地図男』の魅力は、綿密を極める「地図男」のキャラクター設定と物語の重層的な展開のほかに、先に紹介した「地図男」自身の書いた物語の語り口の面白さにもある。誰かに語りかけるかのようなその語り口は、ユーモアにあふれ、スピーディかつポップでなんとも小気味いい。作者・真藤順丈は1977年生まれだから三十歳を過ぎたばかり。その勢いに満ちたこの作品を読むことは、多くの読者に痺れるような快感をもたらすはずだ。