この白い雪はどこから来るのだろう、ふわふわと漂いながら舞い降りてくる雪を眺めていると、そんな風に思うことがある。まるで遠い外国から届いた手紙のようだ。だから、まだ雪の積もっていない十二月の札幌で、「今年は雪がなくていいですね」という挨拶を聞いたりすると、なんだかがっかりしてしまう。
今から八十年近く前に、雪を「天から送られた手紙」にたとえた日本人がいた。その人の名前は中谷宇吉郎。世界で初めて人工雪を大学の実験室で作るのに成功した人である。ぼくはたまたま書店で中谷宇吉郎の書いた『雪』を手にとった。雪という言葉もまた、誰かからの手紙のように思えたのかもしれない。もともとぼくはこういう科学の本は苦手である。目で見れば納得できるのかもしれないけど、それを言葉で説明されると頭のふたが閉じてしまう。でもこの『雪』は最初から絵本のように読めた。
「例えば雪崩とか、スキーと雪との関係とかいう風な話はこの本の中には出て来ない。主な話はこの本の第三話、『北海道における雪の研究の話』及び第四話、『雪を作る話』の中に収められているのであるが、自然科学に対して別に関係のない読者のために第二話を挿入した。そういう人々のためにこの本を書いたので、雪は水蒸気が凍ったものであるというような分かり切ったことまで説明したのである。」と序に書かれているように、第二話の雪の結晶についての説明はぼくには大変ためになった。
雨は空から落ちて来るけど、雪は軽いので蝶のように風にのって海を渡って来るように見える。だけど雪も雨と同じように空から落ちて来るのだ。ただその形が違っている。「しからば雪は何であるか。それは前にも述べたように、水が氷の結晶になったものでこれは純粋の結晶である。雪は空の高い処で出来てそれが漸次成長しながら地上に降りて来るものである。この時上空高く存在している水が凍るのであるが、この空中の水というのは水蒸気のことである。」そして水蒸気が凝縮して雪になるには芯になるものが必要だという。水蒸気にも何か付着するものがいるのだ。付着して停止しないと凍らないということだろうか。その芯になるものが何かというと、それは上層の空気中に浮遊する塵が主だが、普通に塵と呼ばれているものよりは遥かに小さいものだという。「到る処にそんなに塵が一杯あっては、われわれの生活に差し支えがありはしないかと考えられるかも知れないが、そんなことはないようである。」と科学者はいたってのんびりである。「それは非常に小さいもので、恐らく、われわれが一口に空気といっているものは、この細塵を沢山含んだ空気のことなのである。」科学者は出て来る言葉をこうやってことごとく説明していく。のんびりはしているが、そのまま終わらせないのが科学者だ。ぼくもここで頭にふたをしてはいけないと気づく。
こうして雪の結晶についての説明が終わると、肝心の「北海道における雪の研究の話」に突入していく。札幌と十勝岳の中腹で数年間で3000枚もの雪の結晶の写真を撮ることができた。アメリカのウィルソン・ベントレーが何十年もかけて、6000枚の写真を撮ったことを思えば、比較にならない程のスピードである。ベントレーは中谷宇吉郎が北海道で雪の研究を始める一年前の1931年に、6000枚の中から3000枚を選び『スノー・クリスタルズ』という一冊の写真集にまとめていて、中谷宇吉郎にも強い感銘を与えている。中谷は自分が集めた3000枚の雪の結晶の写真を見て、今までの結晶の分類は不十分だと思うようになる。そこで自ら全種類の雪の結晶の分類を行おうと思い立つ。
ぼくの持っているベントレーの『スノー・クリスタルズ』を見ると、六角形のボタンのような結晶が半分近くを占める。それはアメリカの上空が乾燥しているからで、日本の上空は水蒸気が多く、樹枝状の結晶ができやすいという。だから、そんな風に雪の結晶を分類してみると、その結晶が上空のどういう条件の下で発生して、どんな空気の中を落下してきたかを知ることができる。中谷宇吉郎は従来よりも細かく結晶を分類していき、それを実験室の中で人工的に作ってみるときの手がかりにする。
雪の結晶の分類と、それぞれの結晶の落下の速度を計測した後、中谷宇吉郎は人工雪の実験にとりかかる。「雪が人工でできないものだろうか。それは四、五年前までは私にとっては全くの夢であった。そして私ばかりではなく、各国のこの方面の学者たちの中でも真面目に雪を作ろうなどと思っていた人はなかったようである。」ところが中谷宇吉郎は雪の作成に成功してしまう。このとき中谷が実験用に制作した器具と、成功のきっかけになった、ウサギの毛に水蒸気を付着させて凍らせるという方法は、後輩の学者たちにもそのまま受け継がれていく。中谷は雪を「天から送られた手紙」にたとえたが、日本での後継者の一人、小林禎作は雪の結晶を美女にたとえている。謎を解明して行くのが仕事の学者も、その研究のもとになるものがロマンチックな精神だったとわかっておもしろい。海を渡って来る蝶のような雪の結晶をぼくもいつか捕まえて、虫眼鏡で覗いてやろうと思っている。