ミステリーと時代小説が融合した捕物帳は、人情味や江戸情緒で読ませる時代小説系の作品と、どんでん返しやトリックが魅力のミステリー色の強い作品に大別される。ミステリー系の捕物帳には、安楽椅子探偵に医療ミステリー、ハードボイルド、コンゲーム、サイコもの、冒険サスペンスなど、現代ミステリーに登場する趣向はほぼ網羅されていといっても過言ではないが、倒叙ミステリーだけはあまり類例がないように思える。捕物帳の空白地ともいえる倒叙ものに挑んでいるのが、風野真知雄『同心 亀無剣之介』シリーズである。
ミステリーファンには改めて説明するまでもないだろうが、念のため倒叙ミステリーを説明しておくと、まず犯人が犯罪を実行するまでが描かれ、その後に探偵が登場、犯人と対決しながら一見すると完璧に思えた犯罪計画のミスを探し出していくタイプの作品である。人気のドラマ『刑事コロンボ』や『古畑任三郎』と同じスタイルといえば分かりやすいかもしれない。
探偵役の亀無剣之介は、北町奉行所の臨時廻り同心。恐ろしいほどのちぢれっ毛のため、同心のトレードマーク小銀杏がすっきり結えず、髷が「カビのように、あるいは海辺にいるいそぎんちゃくのように」(第一巻『わかれの花』より)毛羽立っている。印象深い髪の毛と事件をしつこく調査することから「ちぢれすっぽん」の異名を持つ。剣之介の二つの特徴は、ボサボサの髪と容疑者に食い付いたら離れないコロンボ警部へのオマージュだろう(記念すべき第一話が「わかれの花」なのも、『刑事コロンボ』の名作「別れのワイン」から採られたものと思われる。ただトリックなどに繋がりはない)。剣之介はさえない風貌とは裏腹に、剣は鳳夢想流免許皆伝の腕前だが、力で犯人を捩じ伏せることはなく、常に明晰な頭脳で犯人を追い込んでいく。
上司の松田重蔵は、お役所的な事務仕事は得意のようだが、事件の捜査は苦手で、荒唐無稽な推理を披露することもある。松田が時折となえる謎解き(もちろん奇説であり、捨てトリック)は、二〇〇八年にフジテレビ系で放映されてカルト的な人気を博した『33分探偵』で、堂本剛演じる鞍馬六郎が語る迷推理を彷彿とさせ、これもシリーズの魅力となっている。(ちなみにこの『33分探偵』は、好評により、二〇〇九年三月より『帰ってこさせられ』ている)
インチキ唐物を扱う女主人おさよが、本物の唐物を商う大店の主人・能登屋弦蔵を殺害する「わかれの花」は、おさよが犯人で能登屋を毒殺したことは明かされるものの、その方法は伏せられている。犯人の手口を冒頭ですべて明かさないのはシリーズの特色になっていて、それだけに犯人と剣之介の息詰まる攻防戦はもちろん、トリックの解明も鍵になっているので、ミステリーの二つの要素が楽しめるようになっている。犯人は明かし、トリックを伏せるパターンでは、絞殺した女を釣鐘に喉を挟まれて死んだ事故に見せかけようとした住職が、アリバイを作るため鳴らないはずの鐘の音を鳴らす方法が秀逸な「首切りの鐘」(第二巻『消えた女』所収)が印象に残る。
「死人の川」(第一巻『わかれの花』所収)では、偶然と激情が重なり殺人を犯してしまった犯人が急いで証拠を消す必要に迫られ、「消えた女」(第二巻『消えた女』所収)では、ただでさえ目立つ力士が細心の注意を払いながら犯罪計画を進めていく前半部のサスペンスが見事など、倒叙スタイルという基本は守りながらも、決してワンパターンになっていないのも嬉しい。
これまでの個人的なベスト1は、「わびさびの嘘」(第三巻『恨み猫』所収)。江戸で評判の茶の師匠・利完が、強請りに来た破落戸を茶器で撲殺する。この作品は込み入ったトリックはないが、被害者がどのようなネタで利完を強請ったのかが伏せられていて、動機の解明が軸になっている。茶人が、大切な茶器を凶器に使ったのはなぜか? 剣之介の捜査で茶器の贋作を作るグループの存在が浮かび上がり、利完がそれに関係しているのではという方向に誘導しておいて、ラストには読者の思い込みを踏まえつつ、それを覆す意外な動機が用意されているので、衝撃も大きいはずだ。
トリッキーな作品ばかりなので量産が難しいのか、風野真知雄の作品としては刊行ペースが遅いので(二〇〇九年三月末現在で三冊)、これを機に(特にミステリー・ファンには)第一巻から読むことをオススメしたい。