恋愛や結婚や出産など、プライベートな事柄をファンにどう報告するかは、タレントのセンスの見せどころだと思う。
音楽家であり総合エンターテインメントプロデューサーのつんく♂は、今年4月、男女の双子を授かり、こんなコメントを出した。
「宇宙と繋がっているようなあのすばらしい世紀の瞬間に立ち会えたこの感動は一生忘れないと思います!」
そして、そのときの言葉は、この本に繋がっている。
「願わくば、二十年後、僕の二人の子どもが成人したとき、この本を読んでほしい。恥ずかしながら、そんな気持ちです」
誰もが一番になる可能性をもっている、とつんく♂は言う。この本には、そのためのパスワードが随所に盛り込まれているが、意外にも、その中身は、自然の流れの大切さについて書かれた古風でオーソドックスな自伝であることに驚く。「一番になる人」の本質は「幸せになる人」ということなのだ。
評論家に絶賛されたという「君が先に眠るまで もったいないから 起きてる」(『My Babe君が眠るまで』より)という歌詞について、彼はこう語る。
「当時の僕は、女性といてもすぐに眠ってしまうタイプの人間でした。一緒にいる女性より先に眠ってしまうのですが、僕が女だったら、自分が眠るまで起きて見守っていてほしいだろうなと思った。その気持ちを歌詞に託したのです」
なんてシンプルな発想だろう。実際には眠ってしまう男であっても、そういうことが想像できるかどうかが、もてる男ともてない男の違いなのだと思う。人は想像力で他人を救うことができるし、自分を救うこともできるということだ。
塩干・乾物屋を生業とする家に生まれ「人生で大事なことの基本は、すべてわが家の手伝いを通じて学んだのではないか」というつんく♂。確かに書かれていることは「ビジネスは頭を下げるたびに一円、二円と心の貯金に変わる」とか「売店のおばちゃんに向かって絶対、偉そうな口をきくな!」とか「面倒くさい仕事にこそ、大きな宝物が隠されている」など商売っぽいことも多い。彼は両親や祖父母の教えを受け継ぎ、音楽プロデュースの仕事に生かしているのである。
中でも「じいちゃん」が丁稚奉公をするために高知から大阪に出てきたときに受けた「一宿一飯の義理」の話には感動。あれは忘れちゃならん、というじいちゃんの背中を見て彼は思うのだ。「恩を受けた人に義理を返すのは、いわばものの道理です。でも、もっと大事なのは、恩を受けた人だけでなく、自分を頼ってくる誰かに対し、自分が受けたときと同じように接することではないでしょうか」
弱みも強みも、不自然に飾れるものじゃない。自分をさらけだし、さらけだした自分と向き合うことから、すべては始まるんだろうなと思う。デビュー後、泣かず飛ばずだったときに書き上げ、その後のミリオンセラーにつながった『シングルベッド』の詞がフルに引用されていたので、フルに引用してしまおう。
「流行の唄も歌えなくて ダサイはずのこの俺
おまえと離れ 一年が過ぎ いい男性になったつもりが
それでもこの年齢まで俺が 育てた裸の心は
おシャレをしても 車替えても 結局変化もないまま
早く忘れるはずの ありふれた別れを
あの時のメロディーが思い出させる
シングルベッドで夢とお前抱いてた頃
くだらない事だって 二人で笑えたね
今夜の風の香りは あの頃と同じで
次の恋でもしてりゃ つらくないのに」
男の価値とは、いくら稼ぐかではない。自分の原点や身近な人をいかに大切にし、自分が得意な方法でいかに守れるか。それが「一番」ということではないかと思う。ハウツー本を読んでいるはずが、いつのまにか著者のファンになってしまう。それは、この本が、読者への想像力とサービス精神に満ちているからだろう。
この本に出会う「流れ」が、自分の中にもあったんだなと思うと、胸が熱くなる。