夜、ベッドに入ってもまだ寝つかれないようすの小さな男の子が、枕もとの母親に向かって、「ママ、あのね…」と語りはじめる、きのうの夜遅くに家を訪ねてきたという謎の動物「よるくま」との、不思議な冒険の物語。人気イラストレーター酒井駒子氏の、絵本作家としての出世作です。
吉田戦車『伝染るんです』に登場する謎カワイイ生物「くま」も彷彿させる、胸に白い三日月のもようのついた黒い熊の子の「よるくま」が、実に丁寧に愛らしく描かれていて、造型といい、脚を開いてぺたんと床に座り込んだり、男の子の手にぶら下がってよちよち歩いたりするしぐさといい、涙でぐちゃぐちゃの顔でおかあさんに抱きつく表情といい、擬人化と子熊らしさのバランスが何とも絶妙です。
語り手の「ぼく」は、一緒におかあさんを探してあげるために、おにいちゃんらしく「よるくま」の手を引き、パジャマのまま靴をはいて、人気のない夜の街に出てゆき、商店街から公園へ、草に覆われた洞穴の「よるくま」のうちへと、「よるくま」のおかあさんを訊ねて歩きます。家族が寝静まった夜、こっそり家の外へ出てゆき、知らない場所を探検して回ってみたい、小さな動物と友達になって一緒にお布団に入りたい、といった、たぶん大勢に覚えのありそうな子どもの願望が、青系色と黄系色を主調とした涼しげな画面の中で、穏やかに満たされてゆきます。
そして、夜歩き・夜遊び願望がひととおり満たされたあと、「ぼく」と「よるくま」とが並んでもぐりこむ大きなベッドの、いかにも清潔で気持ちよさそうな風情は、まさに寝かしつけ絵本の結末にふさわしいものです。
いったん家に帰ってみてもおかあさんが見つからなかった「よるくま」が、とうとう「よるみたいにまっくらまっくろ」な涙をこぼして泣き出すと、次の見開き1ページはすべて真っ黒に塗りつぶされ、「たすけて ながれぼし!」の呼びかけとともにページを開くと、濃紺の夜空を背景に、不思議な魚たちが跳ねる天の川のほとりで、「よるくま」のおかあさんが、手にした釣竿で「よるくま」と「ぼく」を釣り上げてくれる見開きページが出現する、というダイナミックな場面の推移など、黒画面の見開きを大胆に使った場面展開も印象的です。
結局、いなくなった「よるくま」のおかあさんは、眠っている「よるくま」を家に残して、魚釣りの「おしごと」に出かけていたわけですが、ここで、母親が幼児を1人きりで家に置いて夜中に仕事に出かけるなど、完全にネグレクトであり、幼児虐待ではないか、それを容認してよいのか、との逡巡を感じる大人の読者もいるかもしれません。
しかし、このお話を、子どもと保護者とが離れ離れになるという、いつかは必ず経なければならない体験を、双方がそれぞれに楽しく前向きに受容してゆくためのファンタジーであると考えれば、そういった突っ込みは、やはりいささか野暮というものではないでしょうか。それに、暗闇に閉ざされた子どもたちの涙と「たすけて!」という呼びかけに応えて、すかさず光る流れ星のついた釣り糸を投げてくれる「よるくま」のおかあさんは、はるか遠い天の川のほとりの仕事場からも、ちゃんと子どもたちを見守っていてくれたではありませんか。
続編の『よるくま クリスマスのまえのよる』も、やはり寝る前の読み聞かせに最適の1冊です。わが家では夏場は『よるくま』、冬場は『よるくま クリスマスのまえのよる』と使い分けてきて、そろそろ2周目にさしかかろうというところ。2冊通して読むとだいたい判明する「よるくま」の正体も、大人の読者にとってはなかなか感慨深いものがあります。というわけで、できれば2冊揃えてどうぞ。