小学校時代に読んだ小説ベストスリーを挙げるとすると、ジュール・ヴェルヌの「15少年漂流記」、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズの短編集の中から「赤毛組合」、そして今回ご紹介するエーリヒ・ケストナーの「飛ぶ教室」というラインナップが私の3本柱でしょうか。
なぜなら、この3冊は小さい頃より今まで何度も読み返している私にとって現役バリバリの小説だからです。「飛ぶ教室」はおそらく14~5回は読んでいるはずです。
この小説は、キルヒベルクにあるヨハン・ジギスムント高等中学校の寄宿生たちの、クリスマス休暇直前の数日間のお話です。
主人公は5人の寄宿生。
●貧しい家庭に育ち奨学金でこの学校に学んでいるマルチン。秀才であるが正義感も人一倍強い性格。
●孤児で外国航路の船長さんにひろわれたヨーニー(最近の翻訳ではジョーニーとなっている)。ひそかに作家になることを夢見ています。
この本のタイトルとなった「飛ぶ教室」という劇を書いたのも彼です。
●貴族の息子で弱虫のウリー。後にとんでもない勇気をみんなに見せつけます。
●勉強はからっきしだが腕っぷしの強いマチアス。ウリーの親友です。
●皮肉屋のゼバスチャン。ウリーがみんなに勇気をみせたとき、ほんとうの自分は小心者だと告白します。
彼らがクリスマスに学校で上演する劇「飛ぶ教室」のけいこをしている最中に事件が起こります。
昔からいがみ合っている実業学校の生徒たちに、高等中等学校の生徒が捕われたという急報が同級生からもたらされたのです。
さっそく5人は、学校の先生には話せないような相談事をできる禁煙先生(学校近くの払い下げの禁煙車両に住んでいる世捨て人)を訪問します。そして禁煙先生にアドバイスを受け、救出に向かいます。この救出劇が物語の前段のヤマ場となります。救出作戦を計画したマルチン。実業学校の生徒たちとの交渉役をこなしたゼバスチャン。ヨーニーの冷静な行動。たよりがいのあるマチアスの力強さ。そして一人だけ弱虫を克服できずにいるウリーの情けない姿。ケストナーは5人の個性を実に見事に描き分けます。
初めて読んだ時、実業学校生とのけんかの場面では、完全に小説の中にはまり込んでしまった私は6人目の寄宿生のつもりで、自分にも役割与えてくださいよケストナーさん!と思ったほどです。
この学校では、寄宿生には門限の厳しい決まりがあります。救出劇を成功させ帰ってくる5人を校門で待ち受けるのは最上級生で風紀委員のテオドール。5人は寄宿生を監督するベク先生(生徒たちに正義先生とあだ名されている)のもとへ連れて行かれます。罰を受ける覚悟の5人の生徒の前で、ベク先生は意外な行動に出ます。自分の少年の頃の、親友との思い出を語り始めるのです。そして友情というものの大切さを少年たちに語りかけるのです。風紀委員のテオドールも含めて、生徒たちはベク先生の話に感動します。まるで雷にうたれたように。
小学生や中学生の頃はマルチンたち寄宿生と同じ目線で、珍しい寄宿生活や他校とのけんかさわぎに興味や憤りを覚えたものです。しかし何度も読み返すにつれ、友情・家族愛、勇気がいかに大切なものかを、この本から拾ってくるようになりました。そして50を過ぎた今、私の目線はいつのまにかベク先生のそれにかわってきています。
いつ読み返しても必ず涙腺がゆるむ場面があります。お金のないことで悲しい思いをしているマルチンを、ベク先生がやさしく引き寄せるシーンです。(第11章です)ケストナーはまえがきで「子どもの涙は…これは誓っていいますが…おとなの涙より小さいというものではありません。おとなの涙より重いことだっていくらでもあるのです。」と書いています。ブックレビューですから内容を詳しくバラす訳にはいかないのが歯痒いのですが、この場面だけでもぜひ読んでください。損はさせません!
名作というものは、50男をいとも簡単に泣かせてしまうバカヂカラを持っているのですネ。良質な少年少女文学はおとなが読んでも面白いのです!ありがとうケストナーさん。