一見したところ外傷のない死人が、殺されたのか病死か調べなければいけない情況が最初の一編に出てくる。なるほど、検屍をテーマにした時代小説は、こうくるか。
体の、目につきにくい箇所に傷跡がないかと、頭髪の中や性器・肛門などを詳しく調べる。それで傷が見つからないとしても、簡単に病死とはせず、外からわかりにくい殺し方もあると検屍を得意にする主人公は判断する。ほとんど傷が見えない遺体でも、あるものを塗りつけると傷が浮き出てくる、という薬品が紹介されている。主人公が頼りにする医師もいて、検屍の「セカンド・オピニオン」を聞くことがあるという展開になっている。
毒殺ではないかという疑問を持ちながら、竹べらで舌を押さえながら、のどの奥がただれていないか、何か詰まっていないか、特別な匂いがしないかを確認する。そこで、ああその程度だろうと思っていたら、そのあとがあった。
銀のかんざしを口の奥に深く入れて少し時間をおく。毒物が残っていれば銀のかんざしが変色するはずだという調べ方だ。しかもそれで終わりではなかった。調べている同心が、鶏と飯を用意しろという。丸めたご飯を死人ののどの奥に詰めて紙でふたをして一時(いっとき)ほど置く。そのあと、ご飯を取り出して鶏に食べさせるのだ。それで鶏がなんでもなければ、まぁ、毒殺ではないということになる。このやり方は初めて読んだ。
本当かなぁ。
銀のかんざしを肛門に差し込んでおいたら色が変わっているのを見て、毒殺だとする話もある。
医師であるミステリー作家が書くのだから、江戸の法医学にあたる文献を調べた結果、実際そういう検屍方法だったかも知れない。あるいは、そうだと思わせて全くの創作かも知れない、そこのところが面白い。そういうもんだとして読む方が楽しいことは楽しい。
死体のあるところに駆けつけたあと、死体の硬直状態を見て、犯行からの時間を推定する場面もあったが、この死後硬直は、経験的に江戸時代でも利用できたんだろう。殺してから水に突き落としたか、生きたまま突き落とされて死んだか、また、殺しておいて自殺に見せかけたかなど、江戸の検屍官が知識をありったけ使って判断していく。
検屍の様子を読ませるのが話の中心になりがち、という傾向があるのはしょうがないか。全ての話が「話として面白いわけではない」が、江戸の検屍の方法を楽しませてもらうには悪くない。
あとがきを見ると、ほかにも「江戸の検屍官」シリーズの作品があるらしいが、出版社がバラバラだそうだ。同じところから執筆順に揃っていれば全部読んでみたい。そのレベルには十分達している。ナマイキな言い方だが。