村上春樹による27曲のジャズ、スタンダード、ロックの訳詞と解説の本である。和田誠のカバーイラストにつられて、買ってしまった。
つられて買ってよかった。なんと、大好きな曲『Suicide Is Painless』が入っていたのだ。このマイナーな曲が日本でとりあげられることは、まあ、ほとんどない。
1970年のアメリカ映画『M*A*S*H/マッシュ』のテーマ曲である。MASHというのは、Mobile Army Surgical Hospital=陸軍移動外科病院の略で、朝鮮戦争当時の野戦病院がこの映画の舞台となっている。
鬼才といわれたロバート・アルトマンの監督で、エリオット・グールド、ドナルド・サザーランド、ローバート・デュバルといった、のちの大物俳優たちが共演しているにも関わらず、映画のほうも日本ではマイナーで、というか、そもそもこういうドタバタで無節操でシニカルな映画は日本人にはあまりウケはよくないとは思うが、そんなmash(=ドロドロの)なストーリーのなかでひとり『Suicide Is Painless』は、実に美しくきらめいていたのだった。
「僕は大学生だったのだが、このテーマソングを耳にして、心底ぶっとんでしまった」という同曲の村上解説が、自分の体験と重なる。私も大学生だった。そして、映画館の暗がりでぶっとんだ。
「こんなリアルでクールな歌詞はほかにちょっとないぞ、と思った」
大学生だった村上はすぐにレコードを買って、歌詞を和訳したのだった。
Suicide Is Painless、直訳すれば「自殺は痛くない」といったところだが、さすがに村上訳はうまい。
〈自殺をすれば痛みは消える〉
メロディーに乗せて歌えるように意訳したというから、あの美しいメロディーを知っている人は、歌ってみてください。
〈自殺をすれば痛みは消える。それがいちばんラクかもね。するもしないも、あなたの自由〉
クハッ、まいっちゃうなあ。
ちなみに『M*A*S*H/マッシュ』のサウンドトラックCDには、男声コーラス・バージョン、黒人ソロ・バージョン、インストゥルメンタル・バージョンの『Suicide Is Painless』が、まったく様子の違う曲となって収録されている。
ブックレビューなのに、CDレビューのようになってしまって申し訳ないが、ついでにいうと、ビル・エバンスの遺作ともいうべきアルバム『ラスト・レコーディングⅢ』にも、鬼気迫る演奏の『Suicide Is Painless』が『マッシュのテーマ』として収められている。興味のある方は。
さて、本書。27曲についてそれぞれ、まず村上訳詞があり、元の英語の歌詞があり、そして解説がある。要所要所に和田誠の間違いのないイラストがちりばめられ、美しく、洒落ている。もちろんオールカラー。しかも箱入り。まことに「本」らしい装丁である。
和田誠が、オマケとして2曲和訳し、解説も書いている(この人も多才)。
大人のための絵本というか、本棚の出しやすいところに置いて、ときどき手にとって、へえ、この曲こんな歌詞だったんだ、などと口ずさんだりしながら楽しみたい一冊である。
えっ、ほかにどんな曲が入ってるかって? それは本を開いてのお楽しみ。