ちなみにカフカのこの小説はカフカの没後に発表されたもの、かつては(全集編纂者マックス・ブロートのつけた)『アメリカ』というタイトルで発表されていました。『失踪者』のタイトルは、近年の手稿研究の結果、生前カフカが『失踪者』として書き続けていたことがわかったからだとか。ま、そんなマニアックな話はともかく、このカフカの『失踪者』、もしもあの『審判』の作家が『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を書いたなら、こんな感じに仕上がるっていう感じに仕上がっています。カフカ・ヴァージンの人には、超オススメ。そしてもしもばっちりたのしめたなら、(池内版カフカ・セレクションで言えば、『ノート1』『ノート2』あたりの)短篇を読んでみるといいですよ。そっちはね、「ちょっと不条理方向にねじった宮沢賢治」とでも言えばいいかな?
う~ん、その喩えでいいかどうかわかんないけど、いずれにせよ、軽くってね、おかしいの。物事のおもしろがり方が、ちょっと変。くすくす笑ってしまう。
余談ながら池内さんの翻訳は、ドイツ文学のアカデミシャンの一部には、意訳や訳者に拠る改行の理由で、評判がかんばしくないらしいけれど、しかしね、それは志ん生の古典落語にけちをつけるようなもの、すなわちヤボですよ。池内さんの達意の訳文をいつくしむことは、いかにも対照的な逐語訳と目されている丘沢静也さんの『変身/掟の前で 他2編』光文社古典新訳文庫の、しなやかでやわらかい端正な訳文を絶賛することと、まったく矛盾しない。ま、シのゴの言わずに、読んでごらんよ、カフカ、超おもしろいんだから。
■フランツ・カフカ(Franz Kafka,1883年7月3日-1924年6月3日) オーストリア・ハンガリー帝国の首都プラハ(現在のチェコ)で、高級小間物商を営むユダヤ人の家庭に、生まれる。母語は、ドイツ語。カフカは、法学博士号を取得した後、地方裁判所の研修を経て、ボヘミア王国労働者災害保険局に勤務。そのかたわら、短編集 『観察』、『判決』、『火夫』、『変身』、『村の医者』、『流刑地にて』、『断食芸人』など七冊を出版しました。カフカは、結核をわずらい、死ぬ前に、友人のマックス・ブロートに自分の書いたテキストのすべてを渡しました、「燃やして欲しい」と言い添えて。カフカが渡したたくさんのノートには、後に代表作として知られてゆくことになる『城』『審判』『アメリカ(失踪者)』が、そして多くの短篇が、含まれていました。1924年、カフカは死にました。
マックス・ブロートは、カフカが遺した作品の野心的な達成に驚き、もちろんカフカの遺言など無視し、膨大な遺稿をくまなく整理し、順序を整え、ときには改行を増やし、タイトルのない作品にはタイトルをつけ、カフカ全集全6巻を刊行しました。この全集は、第2次世界大戦後、カフカの名声を決定的にしました。
1982年~ドイツで『カフカ全集 手稿版』が刊行されました。カフカの手稿にあたり、手稿の再現を目指して、書籍化したもの。1997年~ドイツで『カフカ全集 歴史校訂版』が刊行されました。書籍とCD-ROMの合本、カフカが生前刊行されたものは紙本で、生前未刊行の作品は一切の編集を放棄して、写真版でCD-ROMに収録したもの。ちなみに日本語版カフカ全集は、新潮社版と白水社版のふたつがあり、前者がマックス・ブロート版に基づく最初の全集、後者が手稿版をベースに、そのなかの小説のみを池内紀が、人懐こい「池内節で」翻訳したもの。そして池内版カフカ選集は、『変身』『失踪者』『審判』『城』『流刑地にて』『断食芸人』『ノート1 万里の長城』『ノート2 掟の問題』として、白水Uブックスから刊行されています。