次に現れたのが、『天使の運命』(原著1999年)である。19世紀前半、イギリスの輸出入商事会社の玄関先に、石鹸箱に入れられ、捨てられていた赤ん坊の、数奇な運命。彼女の名前は、エリサ。嗅覚が鋭く、記憶力が優れ、薬草を使うことと、料理の才能、ピアノの演奏にも秀でていた。
彼女は、一人の男を深く愛し、家も友人も捨て、未知の世界へ旅立つ。命がけの密航を果たした先は、ゴールドラッシュ時代のカリフォルニア。欲と暴力が渦巻く魔界で、彼女に次々と試練が襲いかかる。恋人さがしの旅を続けるうちに、エリサはみずからの運命を切り拓いていく。
イザベル・アジェンデは、叙述を明快に刈り込み、ストーリーでぐいぐい引っ張る作家になっていた。ジェットコースターに展開する波乱万丈な物語、世界中400万人の読者がこの小説で泣いた。
だが、そこには危険もまた潜んでいたのではなかったか。物語性の過度の強調、物語性への依存は、小説を輝かせもすれば、バランスを崩れさせてもゆく。たとえばジョン・アーヴィングの中期以降の自己模倣は、物語の毒がまわったのではなかったか。だが、そういうふうに言ってしまったとたんに、イザベル・アジェンデの達成もまた見えなくなってしまうだろう。
そして『神と野獣の都』(原著2002年)が現れる、彼女のはじめてのヤング・アダルト小説である。
物語を紹介しよう。アレックスくんは、15歳。音楽が大好きでフルート演奏が趣味の、優しい男の子。パパやママや兄弟とカリフォルニアに暮らしていました。このところママが重い病気にかかってしまって、アレックスくんは、ママが死んじゃうんじゃないか、心配で心配で仕方ありません。ある日パパはママの病気の治療のため、ママとテキサスへ行くことに。しばらくのあいだ、やむなく家族はばらばらに。
アレックスくんは、冒険家で辺境ジャーナリストであり、同時に変人で愉快なケイト・コールドばあちゃんの家に預けられます。なんとアマゾンの密林に住む「謎の野獣」の調査隊に同行するはめに。
アレックスくんは、さいしょ嫌で嫌で仕方なかったものの、ケイトばあちゃんに尻を叩かれるように、現地に踏み込んでからは、おもいがけず好奇心全開に。
なにしろ大自然の驚異、そしてミステリアスなインディオの文化、そこでは、現代文明が忘れてしまった、生命力あふれるもうひとつの文化がありました。そして現地の美少女とのほのかな恋、はたまた探検隊参加者のなかに隠されていた悪どい陰謀、次から次へと襲いかかるさまざまな体験を乗り越えて、気がついたらアレックスくんは、強くたくましくなってゆくのでした。