読み始めて間もなく、この本は、パロディ本だと思った。そう思って読むとなかなか面白い。たぶんそういうつもりで書いたのではく、至極真面目なのだが、その真面目な分おかしくてクスクス笑ってしまう。
しかも、ずいぶん真剣に主張するところもあるので、オヤオヤと思ってしまう箇所もある。
時代小説家になる秘伝があって、それを身につければいい作品が書けるのであれば、まず自分自身が当然その秘訣を心得ているわけだから、著者自身が名作を連発しているはずだけれど、この書き手はどうなんだ? という視点で私は読んだ。そうなってしまうのが普通。
著者のプロフィールを読むと、いうところのカルチャー教室で小説家養成講座の講師をしていて、何人もの生徒をプロデビューさせた人だと書いてある。しかも本人が、ペンネームをいくつも持っていて500冊以上の著作があるとも紹介している。さぁ、もしかしたら私が読んでいる好きな時代小説家なのかも知れないと思うと、ちょいと面白い。それならますますどういう風にして書くのかを、教えていただこうではないかと手に取ったわけだ。
柴錬(古いなぁ)あたりから長い間時代小説を読んできて、書けたら面白いだろうとは思ったことはあるものの、あれやこれやと調べる意欲があまりに希薄で、一度も時代小説家になろうとは思わなかったし、また、新書本一冊で秘訣がわかったからといって、プロの時代小説家になれるとは思わない私である。
この一冊が教える秘訣は、小説雑誌や出版社が公募する時代小説の新人賞を獲得して、プロデビューするための「秘訣」であると断っている。こういう明快さは素晴らしい。何かを教える本というのは、こういう風に目的をはっきり示す必要がある。素晴らしい!
新人賞を取ろうというのだから、名の売れた作家が長年構想を練って「自分の織田信長物語、自分の秀吉像を書く」というようなのとは違うことを認識しなさい。そういう歴史上の人気者、宮本武蔵だの真田幸村などを主人公にするのは避けなさいと、秘訣でいう。
なぜなら、審査する側に「また武蔵か、こいつも幸村か」と思われてしまい、よほどこれまでにない話を創り出して書かない限り、応募作品を最後まで読んでもらうことさえ難しいと説く。こういうのは秘訣というより、技術だね。
すごいなぁ、と思ったのは、作品の長さと登場する人物の人数の公式を見つけてあるという章。短編の場合は「主人公は一人、主人公を巡る主要登場人物が二人。その他大勢が二人」という。もちろん中編、長編ではどういう公式なのか秘訣を教えてくれるのだ。そして、その良い例として既製の作品をあげてくれる。これもね、意地悪く考えると、その公式に全然当てはまらない名作がいくらもあるのだ。「あの人のあの小説なんか、全然この秘訣に当てはまってないじゃないか」。そういうことを「クスクス」と楽しみながら読むのがこの本を楽しむ「秘訣」と私は発見した。
時代小説向きの文体、プロット、ストーリーの発想をどこに求めるか、主人公の相手役に魅力ある人物を配さないと駄目だとか、斬り合うシーンを迫力あるものにするためにはどうするかなどもざっと書いてある。力が入っている箇所と、ざっと通り過ぎてしまう部分のバランスが少し悪い。
この本の内容を事細かに紹介するのは、ミステリーの大事なところをばらしてしまうようなものなので書かない。なにしろ「秘訣」が売り物なんだから。その「秘訣」をここで、ただで、紹介するわけにはいかない。
しかしね、これまでに素晴らしい作品を残した時代小説家、今十分私を楽しませてくれている作家たちがこの本を読んでから書いたのではないという事実があって、秘訣が細部に渡れば渡るほど笑いがこみ上げてきて楽しく読み進むことになってしまうのだ。この一冊が十分娯楽作品である。
時代考証をどの程度にするかだの、自分の原稿をチェックするとき大切にしなければいけないことなど、非常にあれこれ気配りしているが、漏れていることも多くあると感じた。時代小説を書くときに欠かせない、時代考証についてはおざなりといっていい。
また、江戸時代のある時点の街並みの様子などを知ろうとしたら何を調べればいいのかなど全然教えてくれない。江戸時代の暮らしの細部をどう学び、どう書いていくべきか。どこまで時代考証をしっかりやり、どこから脚色にすべきかなどについては、詳しく言い及んでいないのだ。
行灯(あんどん)に火を入れると部屋の中が明るくなるというような時代劇ドラマを見て育った人は、行灯がかなり明るいものだと思っているはず。実はそうでないのだが、その辺り、どうすべきか。言葉遣いや、主人公たちの食事時「何を食べさせるか」という知識の集め方についても書いて欲しかった。
時代小説を書く気はなくても、江戸時代に果てしなく興味を抱いて良質の資料本を探している私としては、そういう知識を得たかったのだ。それは、目的が違うから、かなえられない本である。
終盤に、私の公式をきっちり守って書きなさい!私は30年以上筆一本でやってきた経験があるのだ!と言い張るところが、少し辟易。その力んでいる感じが、時代小説的ではない。
自分で発見した公式にあてはめて書いた自分の評判作をあげて、私は誰々である!と宣言すればこの本の信憑性がぐっと増すと思ってしまった。