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ベストブック10&新人賞へ
●豊崎 じゃあ、次。『サイゴン・タンゴ・カフェ』。
●吉田 はいはい。私、中山可穂さんは2006年の『ケッヘル』(文藝春秋)が、作家生活第二章のはじまりだと思っているんですね。あれは上下巻の厚い長編で、しかも男性の一人称で書かれている、という中山さんの作品のなかでも画期的なものだったんですけれども、この『サイゴン・タンゴ・カフェ』という短編集を読むと、ああ、可穂さんのセカンドシーズンが本格的に始動したんだな、というのがよくわかる。いままでの可穂さんにはない新しいテイストが味わえるんです。なかでも夫の愛人とベトナムに行くことになってしまう「バンドネオンを弾く女」、これがものすごくいいです。ちなみに、5編収録されていて、表題作にもなっている「サイゴン・タンゴ・カフェ」がいままでの可穂さんテイストが一番強い。「現実との三分間」も以前の可穂さんテイストが入っています。で、「バンドネオンを弾く女」、「フーガと神秘」、「ドブレAの悲しみ」では、新しく第二章に入っていった中山可穂さんの魅力が味わえるという感じです。とにかく、お薦めですね。
●藤田 今年はあんまり、がっつり本気の恋愛小説でよかったものが少なかったように思うんですけれども、これは本当によかった。
●吉田 そう、私ね、これじゃなければ小池真理子さんの『望みは何と訊かれたら』(新潮社)を挙げようかと思ったけれど、(2007年11月~2008年10月の刊行の本を選考の対象にしているので)ぎりぎり入らなかったのね。あれがあれば、よりがっつりだったんだけど。
●藤田 ああ、抜き差しならない感じがある作品ですね。
●杉江 私はこの表題作の「サイゴン・タンゴ・カフェ」の最後の方で、女性作家に、若い編集者が恋をして、自分のパワーで小説を書かせようとする場面があるでしょう。あそこの「私を供物にしてください」っていう台詞で笑ってしまった。
(会場 笑)
●杉江 ゲイとストレートでは性意識に違いがあるとか、そういう政治的な配慮をしないといけないのかもしれませんが、恋愛の場面であの台詞を言われたら、私は絶対吹きますよ。
●豊崎 それだったら、私はね、逢坂剛さんの「私を弾いて、フォルテッシモで!」っていうセリフの方が強烈だと思うな(『カディスの赤い星』講談社文庫)。
(会場 笑)
●杉江 おもしろかったんですが、私はベストテンに選ぶほどの作品かな、と思いました。
●藤田 まあ、今まではちょっと読者を選ぶようなところもある作家さんだったと思うんですけれども、これはよかったですよ。
●豊崎 じゃあ、次、『退出ゲーム』。
●藤田 初野晴さんの『退出ゲーム』は、弱小吹奏楽部に所属する高校生を主人公にした学園ミステリーです。いわゆる日常の謎系の。米澤穂信さんの古典部シリーズとか、最近出た坂木司さんの天文学部の高校生たちが主人公の『夜の光』(新潮社)とかに近い。今年私が読んだ学園小説のなかでは一番よかったです。
●豊崎 長嶋有の『ぼくは落ち着きがない』(光文社)より?
●藤田 あれはまたジャンルが違うじゃないですか。『退出ゲーム』には切なくて、楽しくて、驚きもあってと、いわゆる学園ミステリーの醍醐味が全部入ってるんですね。それで清潔感? いや、清潔感じゃないな、清涼感? いやらしさと切なさのバランスがすごくいい感じです。青春ミステリーって、いろいろあって、ちょっと切なくて、でもやっぱり友情っていいよね、みたいな予定調和に落ち着きがちですけど、そうした部分を自覚して書いてる冷静さがあるように感じます。
●吉田 これ、連作の短編集ですけど、表題作の「退出ゲーム」っていうのが一番、うまいですね。
●豊崎 これミステリーチャンネルでもね、大森さんが褒めてたよ。うん。
●吉田 初野さんって横溝正史賞を獲った『水の時計』という作品でデビューした方なんですけれども、それは死体に対するオブセッションで書かれたような作品でした。その人がこんな爽やか系の青春小説を書くとはね。
●藤田 ちょっとなんか、一般寄りになってきた感じがするよね、これは。
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