第一部|第二部 前編|第二部 後編|第三部
ベストブック10&新人賞へ
●豊崎 まずは今回ベスト10作品と新人賞作品を戦っていただく選考者のみなさんをご紹介しましょう。順番に、末國善己さん、藤田香織さん、吉田伸子さん、三浦天紗子さんです。それと、杉江松恋さん……杉江さん、かなり怪しい雰囲気ですが、あなた、新宿歌舞伎町からいらっしゃったんですか?
●杉江 あ、いえいえ。教育委員会の方から参りました。これでも書評界で唯一PTAの役員をやっておりまして……(笑)。
●豊崎 あ、そうなの。ま、余計な話はおいて(笑)、早速本題にはいりますか。
じつはですね、事前にこの5人の方々から今年読んでおもしろかった本を約5冊ずつだしてもらっています。だけど、この場で、それらを全部採り上げてベスト10を決めていくというわけにもいきませんので、事前にメールでやりとりしてもらって、既に10作に絞ってあります。それについては後で紹介し、また順位を決めることになります。まずは各5人の方に、ベスト10候補に挙げたけれど、そこからは漏れちゃって残念だっていう作品の見どころ、読みどころ、おもしろいところをアピールしていただきたいと思います。最初に、杉江さん、お願いします。
●杉江 わたくし? はい、じゃあ立ちましょうかね?
●豊崎 いいよ、ただでさえ威圧感があるのに。
●杉江 座っているだけでは声がでないし。
●豊崎 マイクがあるじゃん。
●杉江 あ、マイクね、なるほど……。えっと、私の場合はですね、挙げた本が3冊も選から漏れてしまいまして、それが全部、ミステリーでした。すいません、ミステリージャンルの紹介者としてはだらしないことにほかの選者の勢いに負けてしまったというわけです。
で、私がイチオシにしたかったのが、多島斗志之さんの『黒百合』なんですね。これは、昭和27年から物語がはじまる、とても美しい青春恋愛小説です。二人の少年が、一人の少女に出会って、「二人同時につまずき、折り重なって転んでしま」うような、そんな初恋をするという発端です。この話が、ミステリーとして見事に結実すると。残念ながら、どこがどうミステリーなのかということを説明した瞬間ネタばらしになって、まーったくおもしろくなくなってしまいますので、みなさんには是非、この美しい小説をページ数の90%のところまでは何も考えずに楽しく鑑賞していただき、残り10%でびっくりしていただきたいと思っています。
次は、東山彰良さんの『路傍』。いま、この会場に大森望さんがいらっしゃいますけれど、その大森さんが「小説すばる」誌の書評でジャック・ケルアックの『路上』(河出文庫。さらに、ただいま河出書房新社から青山南訳『オン・ザ・ロード』として刊行中!)に比して顕彰された作品です……まあ、ケルアックは褒めすぎですね(笑)。西船橋駅前を舞台にした素晴らしいロマン・ノワールです。30代を目前とした二人のニートが主人公でして、彼らは日雇い仕事をしながら、たまにソープに行くことを唯一の楽しみとしている。そんな連中が引き起こすブルタルな事件の数々を描いた作品です。舞台は、船橋市周辺にほぼ限定されておりまして、一話に一回は必ずソープランドに行く場面があるという。筋立ては一応ミステリーの範疇に収まるようなプロットですが、99%は実にくだらない。ですが、この小説は結語の部分で急速に詩情溢れたものになるんですね。ちょっと一話のおしまいのところを、朗読します。
「たいしてほしくもないというか、あってもべつに差し支えないもので人生はできている。二日酔いの朝、縮む睾丸、去勢された猫、太ってしまった女房、ノルウェーの臭い魚の缶詰。それもこれも、だれかの人生だ。いいじゃないか。すくなくとも俺の人生、これで八十くらいまでは下半身を思いどおりにできるわけだし。
これって、充実した第二の人生には必要なことだよな?」
どうです? どんなろくでもない話でも、この結語だけでなんだかすべて許せる気分になってしまうでしょう。野蛮さを詩情に転じる技が素晴らしいわけです。
●豊崎 ねえ、杉江さん、なんかその本、すごく短いよね。
●杉江 短いです。連作短編集ですね。二人組の男が道ばたで出会う事件を、解決していくみたいな話です。
●豊崎 私、東山さんご本人に何度かお会いしたことあるんですけれども、とてもソープとかの話を書きそうにない人ですよ、イケメンで。
●藤田 (身をのりだす)え、そうなんだ!?
●豊崎 うん、イケメン。まあ、もう結婚されてますけれども。残念なことに。
●藤田 いや、そんな別に、深い意味で反応したわけじゃないんだけど(笑)。
●杉江 中国語の教師じゃなかったですか?
●豊崎 そうです、西南学院大学の。とにかく、非常に落ち着きがあって、かなりの好青年。睾丸とか、そんなこといいそうにない人ですよねー。
●杉江 東山さんにはラッパーたちに多大な影響を与えたアフリカ系アメリカ人作家、ドナルド・ゴインズの邦訳作品もあるんです。『ブラック・デトロイト』(ヴィレッジブックス)というんですが、これもヒモが娼婦をビシビシぶん殴るという、鬼畜な小説。だから外見はともかく、中身は多分そういう人なんですよ。
(会場 笑)
●豊崎 なるほどー。じゃあ、次お願いします。
●杉江 おしまいは貴志祐介さんの『新世界より』です。これは今年のエンターテインメント界の大収穫物です。約千年後の未来のお話で、そこでは現在とはまったく異なる生物層が世界に蔓延しており、その中で結界に守られて純粋培養のような生活をしている少年少女がいるという設定です。上巻では、彼らがなぜ結界に守られて暮らしているのかという謎が焦点となり、結界の掟を破るとどうなるかという禁忌への関心を牽引役として話が進んでいきます。転じて下巻は一気呵成のアクション小説になりまして、突然村を魔物が襲ってくる。この魔物の殺戮ぶりが素晴らしく、静かな村は瞬時で壊滅してしまいます。上巻は美しく時が進む、喪失の痛みに満ちた青春小説で、下巻は戦争絵巻のような活劇小説になると、その転換が素晴らしいんですね。しかも、最後にはすべての伏線が回収されて綺麗に終わる。エンターテイメントの定石を押さえた素晴らしい小説です。ぜひ読んでいただきたいと思います。以上です。
●豊崎 はい、ありがとうございます。じゃあ次は、三浦さんお願いします。
お探しの書籍が見つからない場合は、boopleの検索もご利用ください。Book Japan経由でのご購入の場合、Book Japanポイントをプラスしたboopleポイントを付与させていただきます。